2005年9月

無碍(むげ)

時々話題に出しますが、私はアトピー体質です。今季節の変わり目もあってか、調子悪い時も多いです。今もそうです。そして、明日から3日間家族で北海道へ行きます。「治れ治れ」焦るほど、遅々としてます。そんな思いを持って、別院さんの彼岸会の法話を聴きに行きました。今日は以前から聴きたかった菰野町の翠巌寺ご住職です。1時間半色んな角度からお話されましたが、今の私の心境に「ピタッ!」ときたお話を2つご紹介します。


1つめは、「無碍(むげ)」という言葉です。先生の解釈では、生まれて今までにいただいたもの、身についたものが「業」です。その業を業として認め、引き受ける、背負うことが、無碍といいます。


2つめは、ある人が「どうしてご本尊は蓮の上に立っているのか?」とたずねたら、ご住職の師にあたる人が「あんたは、どこの上にたってるか?」と逆にたずねられました。その時、ご住職はドキッとしたといいます。どこの上に立って物事判断しているか、ソロバンの上に立っていないか、人と比べたり、物で判断したりしていないか、そして、そこに立っている自分に気づいているか・・・


私はこれを自分が時々悩むアトピーと合わせて考えてみました。他人が見たら大したことなく思えても、特に顔に出ますから、不快だし、自分で見れない分、今どんな状態かすごく気になります。なんで・・・と今だに思います。でも、今日のお話を聴いて、これが私の業なら、もう50才も過ぎたんだし、認めて引き受けなきゃ仕方ないか。少しですが、思い始めることができました。


もう1つ、私がこんなに外見にこだわるのは、多分自分が人を見る時も、そんな判断の上にいるからだろう。私が外見にこだわらない、本質で人を見ることができるようになったら、私自身も楽になるだろうと思ったことでした。

この時期、いいお話を聴かせていただきました。これもご縁ですね。

代々受け継ぐということ

あるお寺さんで本堂修復工事をいただき、今日その引き取りがありました。このお寺さんは父の代からご愛顧いただき、引き継いで私達も懇意にしていただいてます。そして、今日の引き取りには、職人として修行中の息子も同行させていただきました。


私は跡取り娘でしたが、女ということもあって、そういった関わりはなく、結婚した主人がやってくれてましたので、私自身に引き継ぐという意識は店頭でしかありませんでしたし、特に若い頃は結婚やら子育てやらで、大きな経験もあまりありませんでした。。でも、駆け出しの息子が関わらせていただいたお寺さん、彼が一人前になり、その後もずーっとお守りさせていただく・・・これが代々のれんを守ることなのかなーと息子の姿を見ながら思いました。本堂修復というお寺さんにとって一大事業のこの重みをしっかり受け止めて、経験を積み重ねていってほしい・・・我が息子に願う思いです。

「バラバラでいっしょ〜みんなちがって、みんないい〜」

これは、平成10年に行われた、真宗大谷派(お東)蓮如上人五百回御遠忌のメインテーマでした。ここに関連する金子みすずさんの一編の詩があります。

「私と小鳥と鈴と」
  私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、
  飛べる小鳥は私のやうに、地べたを速く走れない。
  
  私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、
  あの鳴る鈴は私のやうに、たくさんな唄は知らないよ。

  鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。


この詩を読むと、ホッとしませんか。そうなんだよな・・・
親子、兄弟、夫婦もそれぞれが個性の輝いた命をいただいて、
生きているのです。そこから出発しているのです。


普段何げなく使う言葉に「お兄ちゃんはいいけど、この子はね・・・」言いますよね。
他にも、みんなと一緒なことに親としては安心することもあります。
また、職場などで、私がこんなに一生懸命やっているのに、あの人は・・・
誰でもこんなこと思う時あります。
その時、「みんな違って、みんないい」この言葉を思い出すと
自分がフッとやさしくなれるような気がしませんか。
その後に思うこと、『バラバラでいっしょ』

ブログを初めて2ヶ月。

このブログを初めて、そろそろ2ヶ月になります。
「何かおもしろそう」でスタートしましたが、途中でネタがなくなったらどうしよう、
私の熱しやすく冷めやすい性格でいいかな?・・・とか当初思いました。
話しかける対象者があるようなないような、当社のホームページ開けてくれる
人が果たしているのか、まして「かわら版」なんて・・・
そんな時、ホームページやブログについて体験もふまえて色々教えて下さった
小林結納店のご夫妻から、「5年続ければ、きっと成果は出てくる」とアドバイス頂き
ました。小林さんはもう10年、すばらしいホームページです。
http://www.yuinou.com/

またブログの担当の方に、3ヶ月すると、同時期スタートの数の3分の1になるとも
言われました。「よ〜し!」やる気がメラメラと湧いてきます。
おかげさまで、書きたいことは、今のところ結構浮かんできます。

初めて1ヶ月ほど過ぎ、続けれそうと思った時、友人や従姉妹たちに「こんなの
始めたから1回みて」とこちらからPRしました。見ていただける人も少しずつ増えて
いきました。

最近では私のつたない文章にコメントをいただけるようになってきました。
この管理画面でコメントの件数が前日より増えていると、めっちゃうれしくて
ワクワクしながら、画面を開きます。その文章も公開させていただいております
ので、[コメント]をクリックして、ご覧なって下さい。
このコメントが多くなると、1つの発信から、色々な意見を聞くことができそうで、
深い展開ができそうな気がします。
是非、皆さんもドンドンご意見お書き下さい。

法盛寺さま、法要ご案内

先日のブログ、「お寺のコンサート」でご紹介した法盛寺さま、
今日はお彼岸法要のご紹介します。
その前に法要案内のご挨拶文を引用させていただきます。


今月は「秋の彼岸」を迎えると同時に「実りの秋」でもあります。春から夏にかけて青々と茂っている稲は上を向いて立っていますが、だんだん米粒が成長すると重みのために頭が下がるようになります。私達人間は、自分の考えが一番道理にかなっているんだと思ったり、自分の行いが最も正しいと思って、いつも頭を上げどうしではないでしょうか。しかし少しずつ仏縁を深めると、今までの自分に気づき、素直にみ教えに頭をたれる身に変わって行くことが一番肝心なことではないでしょうか。これは自分の力でそうなったのではなく、「如来様のご本願のはたらき」によって味あわせていただくのであります。

皆さんもこの「秋のお彼岸法要」にご参拝くださって私達に向けられた仏様の願いに耳を傾け、一日一日を見直しながら、「報恩と喜びのある生活」をお送り下さい。


秋季彼岸永代法要
   9月21日(水)  午後1時半〜
           法盛寺内講師
   9月22日(木)  午前9時半〜      午後1時半〜
      23日(金)  午前9時半〜      午後1時半〜
           善徳寺住職   加藤 正人 先生

戦没者追悼法要
   9月22日(木)  午後1時半〜
    
納骨法要
   9月23日(金)  午後1時 受付、  午後1時半 法要

 ※お問い合わせは、こちらまで。
      法盛寺  桑名市萱町 (市バスA・B循環 法盛寺前 下車) 
                (TEL) 0594−22−1154
  
      
 

   

今日はお彼岸の入りです。

お彼岸は「彼岸会(ひがんえ)」とも言い、春は春分の日を挟んで前後3日間ずつ、秋は秋分の日を挟んで前後3日間ずつのそれぞれの1週間のことをいいます。
彼岸とはむこうの岸を意味する言葉で、仏の理想の世界であるこの世の向こう岸(浄土)にわたるために、それぞれの宗派の教えを守り修行に励む期間です。これは春分の日、秋分の日とも、真東から出た太陽が、浄土があるとされる真西(西方浄土)に沈む日であることから始まった日本独自の行事で、仏教行事ではありますが、インドや中国にはありません。
この彼岸法要が日本で初めて行われたのは、今から約1200年前のことです。諸国にあった国分寺の僧侶が、春と秋の2回、中日を挟んで前後3日間の計7日間に渡り仏をたたえてお経をあげたと伝えられています。それから次第に、一般の人にもお彼岸のおまいりとして広まってきました。


�@お彼岸のおまいり
   お彼岸は盆のように特に決まった行事や飾り付けなどはありませんが、
   一般にはその期間に家族でお墓参りに出かけることが多いようです。
   また、お仏壇や墓前には季節の花や団子、おはぎなどを供えます。
�A初彼岸
   故人が亡くなってから初めてのお彼岸を「初彼岸」といい、特に手厚く
   行います、家ではお仏壇をきれいに掃除して、毎日水とお花を取り替
   え、お供えもします。できれば、自宅の仏壇や墓前に旦那寺の僧侶を
   招き読経してもらいます。
   僧侶を招かない場合でも、お墓参りは必ず行いたいものです。

別院さんで、法話を聴いてみませんか。

20日は彼岸の入りです。桑名別院では彼岸会のご法話が1週間開かれます。
宗派は関係ありません。午後のひととき、法話に耳を傾けてみませんか。
《秋の彼岸会の法話 ご案内》 
   9月20日(火) 13:00〜
      樫   豊  先生 (鈴鹿市  安養寺住職)
   9月21・22日(水・木) 13:00〜
      岩田 信行 先生 (松坂市  道専寺住職)
   9月23日(金) 13:00〜
      木名瀬 勝 先生 (三重教区教導)    
   9月24日(土) 13:00〜
      加藤 満 先生 (桑名市 教願寺)
   9月25・26日(日・月) 13:00〜
      吉岡 恵基 先生 (菰野町 翠巌寺住職)

         
《人生講座のご案内》
   〜行き当たりばったりの生活に気付いていますか〜
今、テレビや雑誌などメディアの情報に依存し、その情報に振り回されて、いつの間にかメ ディアを通じて流される情報なしには何も判断できない毎日になっていませんか。私達は、メディアだけでなく色々なものに振り回され、行き当たりばった りの生活になっています。こういった生活は、自分の中に揺るがないものがないことによって起こると、考えているからではないでしょうか。この揺るぎないものと考えているものは何なのか、真実とは何なのか学び 「いのち」の尊さを問われてみてはどうでしょうか。すがすがしい朝のひとときに人生について共に聞き開きたいものです。

  〈会場〉桑名別院本堂   〈時間〉午前7〜8時   〈会費〉500円

  〈講師〉
    10月2日(日) 田代俊孝先生 (いなべ市・行順寺住職)
             同朋大学の教授として教鞭をとられ、現代社会に
                おいて 「いのち」のあり方を深く探求されている。
    11月6日(日) 桑原範昭先生 (桑名市・西福寺住職)
                三重教区特別伝道講師として、教区内をまわり
                お話されている。
    12月4日(日) 蒲池勢至先生 (名古屋教区・長善寺住職)
                同朋大学の講師として教鞭をとられ、歴史・民俗
                など様々な著作を出されている。
     1月8日(日) 伊奈祐諦先生 (岡崎教区・安樂寺住職)
                真宗本廟教化教導として本山参拝者の皆さんに
                法話され、又、教誨師としてもご活躍されている。
     2月5日(日) 木村大乗先生 (桑名市・蓮敬寺住職)
                同朋大学講師として教鞭をとられ、学生と共に深
                く学ばれている。
     3月5日(日) 海老原容光先生 (桑名市・明光寺住職)
                長年宗務役員として宗門を支えられた経験を
                ふまえて、念仏の大切さを訴えておられる。

  別院さんは、市内寺町商店街の中にあります。
  詳しくお聞きになりたい方は、桑名市北寺町47 0594−22−0652 です。
  

選挙から1週間。

誰もが予想しなかった自民党の大勝から、早1週間。
ワイドショーや報道番組で、注目の選挙区にスポットをあてた番組も、評論家といわれる人の意見も出尽くしたように思います。比例区での思いもかけない当選者の出現に、この選挙法も知り、その疑問も持ちました。


また、一昨日は民主党に前原新代表が誕生しました。43歳ということで、若すぎるのではないか、管氏のように以前の代表をひっぱり出す程、民主党には人材がないのかという声もあります。が、この前原代表、話を聞くほどに、いい線いってます。野党というと与党の批判か反対というイメージがあったのですが、氏は外交・安保にも精通していて、与党と同意見の部分もはっきり言うし、同じであっても切り口で異なる事も、ちゃんと説明されます。理路整然と端的に話され、同席していた評論家が「彼はウソ臭いくない」という表現をしていましたが、成長楽しみな人物だと思います。


私は、正直この2ヶ月前まで、政治にもそんなに興味はありませんでした。今回の解散劇・その後の選挙までを関心もってみていく内、そして、今度の結果を見て、21日に招集される特別国会、その後の国会中継も録画して観よう、新聞もよく読もう、選ばれた国会議員の活躍・動向に関心を持とうと思ってます。


選挙時だけ関心持つのではなく、これから次の選挙までちゃんと見守ることが、間違った方向にいかないために国民が唯一できることです。(何かすごい偉そうなこと書いて自分でもびっくりですが)無党派層の若者が感心を持った今回の選挙、その思いをブームだけで終わらせたくないというのが、私の心境です。

親になる準備

一昨日、初めて万博に行ってきました。ニュース通りすごい来場者で、60分待ちはまだましな方、その上暑くって、本当に疲れました。会場で目についたのは、子供連れの方が多かったことです。当然平日ですから、子供さんも小さくって、2.3才、1年に満たない子もいます。あんな小さい子に万博の楽しさはわかりません。まして、1時間も2時間も待たされて、汗びっしょり。ぐずる子もいれば、グッタリの子もいます。子供がいい迷惑です。

ちょっと見、娘さんのようなお母さん、お母さんのようなおばあちゃん、みんな若いです。でも気持ちまで若いというか、未熟です。ここは子供を連れて来るには小さ過ぎる、おばあちゃんが孫の面倒をみて、若夫婦だけに行かす・・・グッと我慢することも必要なのでは。


こんなことを思っていたら、ある講演の話を思い出しました。布おむつと紙おむつの違いです。おむつとは、母子のコミュニケーションで、布はちょっと濡れても不快なので、泣いて訴えます。親も替えたばかりでも、濡れているとわかれば、1時間も経っていなくても替えます。布ですからその後、洗濯して干して畳むという手間もかかります。これが親の忍耐力を作るそうです。赤ちゃんも訴えれば心地よくしてくれる存在を認識します。

でも紙おむつは、質も良くなって、少々の濡れぐらい本人も気になりません。親も3時間は大丈夫と思っています。すると赤ちゃんも段々訴えなくなります。確かに手のかかり方は楽になるでしょう。でもその講師の方が言われるには、その手間が親になる準備期間だと言われました。


その時期は問題なくても、10代や20代でおかしくなる人も多いです。後で泣かないためにも、今しっかり親をする必要あるとおもいませんか?

祝5年!

私は5年前がんセンターに入院してました。入院中、乳ガンの人は朝夕
入院患者用の玄関ホールで体操したり、近くの公園を散歩したりしてました。
私は子宮ガンでしたが、なぜか1人いつも参加していて、皆さんと仲良くなりました。
ですから、その後毎年行く1泊旅行にも声かけていただいてました。


そして今年は「祝5年!」ということもあって、この10.11日で10人の方と出かけました。私の中では「よし、5年。ガンよさらば」でした。
でも集まったみんなの話は、薬の話や他の人たちの情報でした。
帰りがけに聞いた話では、乳ガンの場合、5年間のホルモン投与などがあり、
最近やっと薬が終わり、その後の色々な情報を知りたいという事もありました。
実際抗ガン剤の治療を受けている人もいました。その中で、毎月会って食事会を
している人もいました。


以前、2年目頃にこの仲間で旅行に行ったことを、私の主治医の先生に話したら、「順調に回復したら、ガンから離れた方がいいよ。体調に自信がついたら、早く現場復帰して、ガンを忘れて発病前のつきあいをした方がいい」と言われました。聞いた時は、ドライな先生だな、あの時のつらさを分かり合える仲間がいることはいいことなのに・・・と思っていました。


今でも、ガンを患ったことを忘れることはありません。でも、今元気だから言えることかもしれませんが、いい経験をさせてもらったと、ガンに感謝してます。まして、5年元気でいれた今、再発の恐怖に怯えることより、今の健康を喜ぶ毎日の方が体にもいいと思います。今回同行した皆さんも思いは一緒なんですが・・・何か違うんです。先生の言葉の意味が解ったような気がします。
今回を一つの区切りにしようと、心の中で思いました。

「愛」の反対語は?

以前ご紹介した「お寺に嫁ぐ娘さん」の結婚式が今日執り行われました。
間衣(かんえ=ご住職が着られる黒い上衣)を着た方が多く、どんな結婚披露宴
かなーと思っていましたが、祝福する心は皆同じです。
ご挨拶の中で印象に残ったお話を二つご紹介します。


一つは、マザーテレサの言葉だそうですが、「愛の反対語は・・・?」
答えは、「無関心」です。
人は関係を持ち、関わり会いながら、愛をはぐくんでいくーのだそうです。
この説明を聞くと、普段何げなく使っている「無関心」という言葉が
すごく冷た〜く感じませんか?


二つめは、「畳みのような存在」
畳みの上の人でいる内は、あの人が好きだの、きらいだの・・・
仲良くもするけど、争いもあります。
もし畳のような存在になれたらーみんなを受け入れる、なくてはならない存在です。
今、母親に求められているのは、「畳のような人」かもしれません。

お寺のコンサート

hpkobusi.jpg9月6日午後、桑名市内の浄土真宗本願寺派(お西)法盛寺さまにて、龍谷大学男声合唱団と地元の4コーラスグループとのジョイントコンサートが開催されました。4つのコーラスグループは、照林寺歌おう会・四宝会(教宗寺)・法盛寺仏教讃歌の会・桑名組「こぶしの会」(最勝寺です)              
              
              
hphoujyou.jpg当日は台風14号が九州に上陸し、いつこの地方にも影響が出るか、主催した「こぶしの会」の皆さんは来場していただけるか朝からヒヤヒヤものでした。



hpstrawberry.jpg賛助出演していただいたユニット「Strawberries」の若いお2人は、お寺の本堂、観客の年齢も高いという、ちょっと慣れないステージのせいか、気持ちも上がって、音取りに四苦八苦。でもその動揺・必死さ・かわいさが、逆に会場を和ませて、笑いをとり、和やかなムードを作ってくれました。曲目は「東京ブギブギ」「おまつりマンボ」「川の流れのように」など、年配の方も口ずさめる選曲もうれしかったです。


hpryuudai.jpgトリは、龍大男声合唱団です。21名の4部コーラスで、聞き覚えのある「メドレーふるさとの四季」から「ジブリ」の挿入歌、そして仏教讃歌と、これを本堂で聴かせていただくと本当に心にしみ入るようです。


皆さんの思いが通じたのか、開催中はお天気も心配するほどのこともなく、無事終了することができました。1つ1つ手作りのコンサートでしたが、ご来場いただいた皆さんにも心は通じたと思います。そして、機会あればまた開催したいという声が関係した皆さんの思いでした。

法話「医療と仏教の協力関係」

今日(9月4日)仏教・夏期大学「親鸞に聞く集い」が法盛寺さまで開催されました。
講師は、胃腸外科専門の田畑正久さんというお医者さんです。

《お話の内容》
   長年、医療関係に携わってみえて、多くの患者に接し、その苦悩を目の当たり
   にし、医療現場に仏教的(信仰)素養を生かせないかと考えました。
   医療は、治す・延命のみで、「いかに死んでいくか」の知識はありません。
   特に「回復する見込みのない患者」には、医療と信仰の両方が必要です。
   治りたい・生きたいという思いと、治らない・余命・・・という現実ーこのギャップを
   どうようにうめるか。死を受容するということ。
   仏教的には、
     今という時間を充実させる、感謝の世界を持つ「おかげさま」
     長い短いにとらわれない、1日1日を過ごす。
     1日1日、今+今の積み重ねが寿命です。
     「足る」を知ると今に満足し充実してきます。
     そして、明日があってもよし、なくてもよし、おまかせします
                「南無阿弥陀仏」
     人間、丁度いい時にお迎えがきます。
     こういう思いに近づくと、死の恐怖が少しずつなくなります。
     こういった内容が現場の話を交えて、非常にわかりやすく
     お話いただきました。


私も5年前、がんセンターに2ヶ月入院した時、同感の思いでした。
私はまだ軽い方でしたが、本当にガリガリに痩せて、与えられた薬でさえ
飲めないような患者さんが、直接医師の口から、「この治療も結果がおもわしく
ないから、変えますよ。副作用もきつくなるけど・・・」
先生が病室から出た後のご本人の落ち込みようは悲惨です。
もう何年も治療をしている人は、家族にも頼らず一人で受け止める人が多いです。
これはきついです。布団かぶって泣いている人も見ました。
入退院繰り返している人は、退院が決まって「おめでとう」と言っても
「私は赤い糸でこことつながっているの。いつまた来るやら・・・」
喜びもうれしさもありません。


あの人たちに、心の安らぎをもってもらうには、信仰しかないと思います。
今日の先生も言ってみえましたが、病院に1人はこのようなカウンセリングを
できる人が絶対必要です。


死ぬ間際まで幸せな気持ちでいたいと誰もが願っています。
でも簡単には死ねません。誰もがまだまだ先と思っています。
その時、「こんなはずじゃなかった・・・」と動揺しないためにも、
今日のお話は本当によかったです。

「ユダヤ人大富豪の教え」2卷  大和書房

flowerbookhp0001.jpgフッと本屋さんに立ち寄って、フッと目につき、手に取った本です。
コミックです。私は大人になってから、どうもマンガが苦手でほとんど読みません。
でも、これが読むと結構中身が濃いんです。
早く読めます。
ポイントはしっかり印象に残ります。


内容はですね。ケンという若者がアメリカへ旅立ち、そこで色々試み
多くの人の出会いの中で、ある大富豪のユダヤ人に出会う。
彼から色々試されながら、人生を豊かに生きる17の秘訣を聞くという物語です。


その中で印象に残ったものを、リストアップします。
  �@やると決めたら戦略を立て、それを実行する。うまくいくか悩んで時間を
     つぶさず、やり遂げる情熱を持つ。
  �A幸せに成功したければ、自分らしい人生に意識を集中する。生きることに
     集中して、お金や成功を忘れることが大切。
  �B好きなことをしていると、どんどんパワーが湧いてくる。そして不思議に
     様々なチャンスや出会いがやってくる。大好きな事と巡り会う一番の
     方法は、今、その時にやっていることがなんであれ、それを愛すること。
  �C目の前の状況から逃げない姿勢が、ライフワークを引き寄せる。
  �D人とつき合う時、相手がどうしたら喜んでくれるかを考える、そして、相手に
     とってメリットになることを考えて行動する。すると彼らにとって、なくては
     ならない存在になる。人はそれぞれの立場で人を喜ばせた分だけ、報酬を
     受け取れるようになっている。
  �D傲慢になると周りから人が離れ始める。もし自分でできたとしても、できるだけ
     多くの人を巻き込んで助けてもらう。そして、その人たちが感動し喜んでもらう
     ことが、成功のスピードを速める。


こういったことが、物語のシチュエーションの中で、自然に話され自然に心に入った本でした。活字ぎらいな息子がテーブルにさりげなく置いておいたら、結構マジに読んでました。

今日は新年度スタートの日!

今日は当社の年度初めです。法人化して40期目です。
ここ数年は経営もきびしく、右肩下がりも否めません。
でも、社長の自己紹介にもありますように、お客様のお役立ちをまず考え
今年度もスタートをきります。


  でも私は、この仏壇屋という商売は必要ですし、誇りも持っています。
  何かで読みましたが、あのきびしいお祖父さんやお父さんが敬虔な姿で
  仏壇の前で手を合わしている。その姿を見ていれば、お祖父さん・お祖母さん・
  お父さん・お母さんでもない、誰かが私たちを見守ってくれてる・・・と
  実感します。すると、炊きたてのお初のご飯さんをお供えしたり、頂きものは、
  まずお供えしてから、自分たちがいただく、受験や運動会におばあちゃんや
  お母さんから「仏さんおまいりして行き」と声がかかる・・・そんな日常の中で
  “尊ぶ”ことを学びます。命を尊び、親や子を尊び、仲間を尊ぶ。
  そうすれば、子が親を殺害したり、親が子をベランダから落としたりーそんな
  ことはなくなるのではないでしょうか。その前に心身共に病んでいたかも
  しれませんが、それ以前、その人の根を育てる段階でボタンをかけ違えたと 
  思います。


自分の生業に誇りを持ち、今できることを一生懸命やっていきたいと考えてます。
今後ともご愛顧の程、よろしくお願い致します。