2006年1月

感動!!!

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一昨日、私の入っている会主催で、コンサートを開催しました。
後藤いく子さんといって、クラッシックから、カンツオーネ、ポップス、自作の曲と幅広く歌われる方です。昨年11月、後藤さんが毎年開催しているリサイタルに出かけ、その歌声、曲のジャンルの広さ、そして、トークの温かさに感動して、絶対桑名へお呼びしたい、私たちの会でコンサートを開催したい・・・そんな思いに駆り立てられました。


私たちの思いをご理解いただき、会場や日程もトントンと進み、当日を迎えました。私は何にも知らず、ただピアノとマイクがあればいいと簡単に思っていましたが、音響器材の搬入、設置などなかなか大変です。桑名の名所である六華苑に隣接するレストランを借り切って行いましたが、1時半スタートに、朝の9時から準備・リハーサルです。


いよいよ始まりました。「オー・ソレ・ミオ」の歌に合わせて登場です。
その後、イタリア語による「この胸のときめきを」、事前にリクエストもお願いしてありましたので、その他「早春賦」など唱歌、「月の砂漠」「アメージング・グレイス」・・・ご自身の作による曲も間に、トークも入れながら、プログラムは進みます。60名近い観衆の中で、目頭を熱くしている人もたくさんみえました。プログラム最後の曲が終わって、1度退場される時、私は立ち上がろうと考えていましたら、その最後の曲の途中で、立ち上がって、私の方を振り向き、「みんな立って」というジェスチャーをされる人がいます。スタンディングオペレーションです。手拍子も段々大きくなります。


アンコールで戻って来られて、歌われたのが「イヨマンテの夜」(これも私共でリクエストのあった曲ですが)。これを聴いて、ポロポロ涙する会員さん、後でお聞きしたら、来月お父様の50回忌、そのお父様の大好きな曲が流れて、もう感慨無量・・・私にも、涙声で話してくれました。


そういう私は、11月に桑名へお呼びしたいという思いが、皆さんのおかげで、こんなに早く実現し、こんなにも皆さんに感動してもらえた・・・その喜びの感動で、もうウルウルでした。会員さんの動員・準備など、ちょっと大変でしたが、この手の感動は、何十年ぶりでしょう。疲れも吹っ飛びました。


「こんな事をやりたい。やれる。やろう。」・・・念づれば通ずです。


後藤いく子さんのホームページ、ご覧下さい。
『後藤いく子・夢の旅人』へのリンクはこちら 

日本に根ざす信仰心ー「いまを生きるちから」その2

本書を抜粋します。
ニューヨークで仏壇のことをきかれた時、以前はどんな日本人の家にも仏壇、又は神棚があった。皆さんが週1回教会へ行かれるところを、日本人は毎日、しかも自分の家の中で、そういう祈りの場を持って、頭を下げていたのです・・・この説明には外国人も相当ショックだったようです。日本人の生活の中に根付いている深い信仰というものを、我々は今こそ、もう一度きちんと見直すべき、それが仏教であれ、神道であれ、何か和魂(信仰という程大げさなものでなく、生活の中に習慣化している大切な魂)のようなもの、自己のアイデンティティーを持っていないと、私たち日本人は、これからの国際社会では生き残っていけないのではないか。本来「私はブティストです」とか「クリスチャンです」とかはっきり答えるのがアイデンティティーのはず。基本的にアイデンティティーとは、魂の帰属する場所、それが今日本人にとっては、一番あいまいになっている。


今日は仏壇店を営む立場からお話します。
お客様の中には、朝ご飯さんをお供えし、朝夕お経をあげることを、代々受け継いでやってみえてる方も多いです。お経まではできなくても、朝夕毎日手を合わす。それを単に習慣と言えるでしょうか?祈る対象がご先祖であれ、阿弥陀さまであれ、生きていく上で、見えざる大きなものへの畏怖の思いがあるからだと思います。


今年の成人式でも沖縄では、あの場をわきまえない、自分の楽しみしか考えない行動の若者が多くいました。あの報道を見ると、一蹴りしたい程、腹立たしくなります。彼らは親も先生も怖いものないんでしょうね。それこそ畏怖の念など微塵もない。でもあんな人間にしたのは、まさしく親なんです。あの彼らたちが結婚して子の親になる。考えただけでもぞっとしませんか?


今からでも遅くないです。気づいた私たちからでも、手を合わし、畏怖の念を持ちませんか!目に見えるものと見えないものを合わせて信じる人は、体の中に響きあう2つの力が持てます。でも見えるのもしか信じない人は、半分の力も持てません。いや、自分の力ではないでしょう。「お助け」「おかげさま」の力を頂くことと思います。誰のせいにすることもないです。私から始めればいいのでは・・・そう思います。

慈悲について

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五木寛之著「いまを生きるちから」
久しぶりに心にストンと響く本に出会いました。
NHK「人間講座」のテキストを単行本化したものです。著者自身が、観光客でも物見遊山でお寺に来る人でも、その中で100人に1人、1000人に1人でも、お寺に来て何か感じることのできる人がいれば、そこに新しいご縁が生まれる。だから、私は文芸誌だけでなく大衆誌にも原稿を書く、それを読んだ人の中で、1人でも何かを感じる人がいることを願って・・・と書いてみえますので、私もその内容を少しずつご紹介したいと思います。


《慈悲について》
皆さん「慈悲」という言葉はよくご存知と思います。よく仏教書には出てきますが、楽しみを与え苦しみを取り除くとか、いつくしみ慰めることという意味です。
これを著者は〈慈〉と〈悲〉には別々の意味がある。〈慈〉は「頑張れ」という励ましであり、〈悲〉は慰めであり、「もうがんばらなくていいよ」という思い、何も言わない、黙ってただ頷きながら、相手の言葉を聞くだけ・・・例えば、子供が転んだ時、「痛くない」と励ます父の声、「痛いね、痛いね」と眉をひそめてくれる母の優しさだと思います。人は〈慈〉によって励まされると同じように〈悲〉によって慰められます。


人間が生きていくことをつらいと思う時がある。その時本当に必要なのは、無言で相手の痛みを感じ、深いため息をつく〈悲〉の感情ではないか。自分だけの孤独な部屋に閉ざされた痛みや悩み、苦しみを誰かが感じてくれていると知るだけで、必ずその人の心の痛みは幾分軽くなるのではないか。
これまでの私たちは励ましや頑張れにあたる〈慈〉の方にだけ目が向いていたのではないか。これから〈慈〉の時代から〈悲〉の時代へ変わっていくだろう。(本書より)


この文を読んだ時、私はまさに今の子供のSOSが、これと同じことを訴えているように思いました。そして、子育てには「頑張れ」という父と、いっしょに苦しんでくれる母と両方の思いが必要です。これは必ずしも両親が必要ということではありません。両親とも「頑張れ」の家庭もありますから。心療内科が繁盛するもの、元はみんな〈悲〉の思いを求めているからではないでしょうか。


私は「頑張る」という言葉が好きで、元々が怠け者なのでしょう。「頑張るぞー」と自分を発奮させて「よーし」と手ごたえを感じることが好きでした。だから頑張らない人は許せませんでした。でも病気になって、私を内面からみてくれる医師が二人とも「林さんはフワーッと生きなさい」と言うんです。私自身も苦しんでいる時、ちょっと離れた所から見守ってくれる人の存在がどれほど有難く、うれしかったことか。私も少しでも〈悲〉の解かる人になりたいと思います。

遅らばせながら、「あけましておめでとうございます」
3日に息子たちが帰ったら、何か張り切りすぎたせいか、どっと疲れが出まして・・・
ぐずぐずしていたら、早10日過ぎてしまいました。
でも、今年も無理なく私流に続けていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
この冬は雪がすごいです。ここも12月にドッと雪が降り、普通に生活できる、仕事できることが、いかに幸せなことか、改めて思い知らされました。そう思うと、東北地方の今の豪雪、自然には刃向かえませんが、何とかならないか、今年は札幌の「雪まつり」どころじゃないでしょう。これだけ雪で泣いている人がいるんです。自衛隊ももっともっと現地へ行くべきだと思うんですけど・・・


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話は、全然変わりますが、この写真何だと思います?
どこかのお賽銭を数えているわけではありません。この何年かで貯めた硬貨を、500円玉とそれ以外に分けて、我が家の「お楽しみズバリ当てましょう」を家族7人で行いました。ズバリ当たれば全額プレゼントです。その硬貨を数えている光景です。(さすが息子たちは参加しませんが)
「おじいちゃん、それ8枚しかないよ」
「おばあちゃん、頭使うの弱いけど、金勘定速いね」
・・・そんな会話を交わしながら、紅白もバックミュージック、みんな段々真剣です。
結果は500円硬貨が次男3枚違い、その他はおばあちゃんが一番近く、1割贈呈です。


我が家は、二世帯住居で子供ももう成人してます。なかなか家族みんなでと言っても食事ぐらいです。結構楽しいイベントで、今年も大晦日にやろうということになりました。使い道も色々考えてやろうかなと思ってます。両親もこっそり小銭を貯め始めていそうです。