2006年2月

「育てる」と言うこと

一昨日、テレビで“子供が危ない”というテーマで討論会が放送されてました。パネラーは、一緒に生活して子供の更正に携わっている人です。皆一様に言うことは、「親が悪い」でした。子供と真剣に向き合おうとしない親、母親のせいにする父親…そして、親が貧乏で必死で働いていたら、引きこもりもニートもない、なまじ親に余裕があって、親も子も「まあ、いいか」と思っているから、働きもしないでゴロゴロする、食べていける。・・・白熱した討論が続きます。


確かに自分たちがそこそこ贅沢していたら、親は子供に甘くなります。これで普通のレベルがグッと上がります。そしてそれが当たり前。でも、私も時々思います。昔はええとこの坊ちゃんは、そのままええとこの旦那でいけたんです。いわゆる上流階級です。今でもそんな人もいるでしょう。でも、ほとんどの人には絶対一生そのままでいける保証はない。だから、結構子供にはシビアです。


以前次男が5年間ほどアメリカに居ました。日本に帰る3ヶ月程前に、やっぱり1度は訪ねようと、主人とフロリダのクリアウオーターまで行きました。空港に迎えに来た息子の車を見てびっくり。常夏のフロリダでクーラーなし、ガラスに入ったヒビにはガムテープ、シートもボロボロ。これだけのポンコツは日本でも見られません。確かに2年目の頃、車がないと移動が大変だから、買ってほしいと言いました。でも私たちは万が一の事故を考えると心配でした。しかし相当不便な所らしくOKは出しましたが、資金は祖父からのささやかな援助だけでした。車を選ぶ余裕もなかったそうです。その車に3年以上乗っていたようです。最後の方で訪ねて良かった、もっと早い時期に行っていたら、「もっとましな車に…」と私の方から言っていたかもしれません。でも息子にはいい経験だったと思います。


「育てる」と言うことは、体を大きくすることだけではない。花に水やるように、あげてあげて…だけではダメだと思います。そのライン決めが親の役目。今大人になった自分の子供に接する難しさを感じています。

モヤモヤ・・・

今日はがんセンターへ検診に出かけました。
昨年3月・10月と少しずつですが、がんのマーカー数値が上がって来ているので、先月の結果を聞きに行きました。より少し上がってます。自覚症状はもちろんありません。乳ガンも異常なし・・・先生は首をかしげます。私の計っているマーカー数はアレルギーも影響するらしいんですが、この際全体の検査をしようということになり、来月ペットCTを受ける手続きをしました。


こんな事に私弱いんです。(クラーッ、クラーッ)
でも病院出てすぐに、いつも相談している友人に電話しました。「大丈夫、大丈夫。数値はね、気にしているとドンドン上がるよ。帰りデパートへ行って、おいしいもの食べて、ほしいもの買って帰り。検査は健康診断をしてもらうつもりで受けたらいい、もし何かあっても、早く発見できるんだから、ラッキーと思って!」あ〜、心強いお言葉。ええ友達です。


帰りは、ホントにおいしいもの食べて、ほしいもの買いました。デパートを1人で歩きながら色々なことを思いました。50才過ぎれば、誰でも何か心の奥にモヤモヤした悩みやら、心配事持ってはるんやろな。それを心の隅に隠して、みんなといっしょに笑ったり、楽しそうにしているんやろな?私の今回の事は、命に関わることという大義名分をかざして、好きにやらせてもらっています。単純ですが、紙袋が1つ増える事に「私って、幸せやな〜今死ぬとしても、本当に幸せな一生やった」と思えます。まあ、こんな人間ほどギナギナ長生きしそうな気もしますが…。


先日もお話しましたが、「身に起こることは、受けて立つ、腰の据わった生き方」を教えてもらっている気がします。こんなことまで、ブログでお話していいのかな?とちょっと思いましたが、私も含めて、生きていれば何かあるけど、みんなで楽しく頑張っていきましょ─というエールのつもりです。

初体験。

 昨夜12時頃、電話が鳴りました。「彦根市立病院救急センターです。今先生に代わります」・・・・・10秒ぐらいでしょうか?「長男だ。事故?病気?・・・・・」短い時間にグルグル回ります。内容は、息子が9時頃出先で気を失って運びこまれました。とりあえず名前と連絡先は話せたが、今どこにいるとか、何度も説明しても忘れる、すぐ又たずねる状態です。今までの検査ではどこにも異常がないので、すぐ来ていただく必要はありませんが、連絡させていただきましたーということでした。心の中で、振り子を振るな、振るなと自分に言い聞かせながら、先生の言葉を信じました。朝、本人から電話があり、今普通にしているけど、倒れてから朝までのことを、全然覚えていないと言うことでした。上司もすぐ行って下さり、状況を連絡もらったので、彦根までの道中は、もうそんなに心配せずに行くことができました。


 私には、30才の娘と、27才の双子の息子がいます。3人とも事故も大病もすることなく、こんな経験は私自身初めてでした。今回の事で思ったことは、これから色々な事が起こるのだろうな?私みたいに気のちっちゃい人間は、考えただけで「やだやだ・・・そんなことありませんように」ーと祈ってしまいます。思えば、私の祖母は10人の子持ちでしたが、祖母の50・60代は、誰かが病気したり、お産したり、孫が病気だったり・・・それの看病で振り回されていました。ですから、私は一人娘でしたが、「10人いたら、楽しみも10人分だけど、苦しみも10人分(その倍かもしれません)。かかる子は1人。1人いたら充分」と口癖のように言ってました。私は今日の経験で、祖母は大変だっただろうな、強かったなと改めて思いました。


 たまたま、昨日桑名別院で有志の方で、信仰とか体験談とか自由に話す場に参加させていただきました。その中で、「車にご祈祷してシール貼ったら交通事故しない、お札買ったら合格する・・・世の中そんな上手い具合にいきません。信仰の根本には、すべて受けて立つと言う、腰が据わった生き方が大事」というお話を聴きました。その言葉と今日の出来事が合わさって、「こんな事に1つ1つ会いながら、腰を据える体験をさせてもらうのかな」としみじみ思いました。そして、家族はもちろんですが、勤め先の皆さん・内の社員・知り合い・・・多くの方に心配していただいたことを、有り難いな、これはちゃんと当の息子にも伝えようと、先程まで主人と話していたところです。

「乾いた社会」がもたらす乾いた人間関係

もう一度だけ、五木寛之さんの文章を引用させて下さい。
最近よくある事件に、親が子を虐待したり、子が親を殺したり、夫婦の絆が弱かったり・・・多いですね。これは、自分の選択で、夫婦や親子になったと思いこんでいるからです。

「Something Great」 私たちの人生には、目に見えないけれど、何か大きな力が働いている。そんな大きな力の働きの中で、様々な縁が生まれては消え、消えては生まれながら、お互いに親子・夫婦としてのご縁を深めているのです。人間が生きるということは、否応なく人と関わっていくことです。

しかし、今の社会はそういう関係を排除して、できるだけ乾いた関係を作り出そうとしています。アナログ的なことは嫌われて、デジタル的な事が好まれる。実際パソコンや携帯電話を使って、バーチャル空間で人とつながることは得意だけど、実際の人間関係を築くことは苦手な若者が多いそうです。(本書より)


私自身、何かおかしな世の中になっていきそうな予感がします。今もし孫が生まれても単純に喜んでばかりいられない気がします。公園で元気一杯遊べない、「○○ちゃん、遊ぼ」とたずねることもない。みんな親がセッティングです。年相応の経験をせずに育つことの弊害、今はまだ氷山の一角かもしれません。いろんな文明が、本来育てるものを育てることなしに成長させている。そして、同じ価値観の仲間で一緒にいると、その危険性にも気がつかない。決して、私が気付いているということではありません。


この年になると、気心のあった仲間でいることが楽で楽しいです。でも人間、いつも楽しいことばかりではありません。いろんな波もくるでしょう。そんな波が来た時に、「こんな事言っていた人居たな」「一度会ってみよう」・・・そんな時が絶対来ます。そのためにも、多くの人とご縁を持って、心のお話をするといいなと思います。


先日桑名別院であった会合の折、偶然隣り合わせた人3人で、そんな話で盛り上がり、早速毎月に1度、「集って話そう!」会を始めることにしました。お互いに誘い合わせて、初対面の方たちとも、今の世の中のこと、何が大切か、何を伝えていくか・・・雑談のように気楽に話し合える場になればと願っています。宗派も年齢もこえて、その時3人なら3人で、8人なら8人で・・・その日ご縁のあった方同志の集いにするつもりです。関心のある方は、是非ご参加下さい。

     会場 : 桑名別院書院 (桑名市北寺町)
     日時 : 2月9日(木) 午後7〜9時   ※毎月第2木曜日の予定
     会費 : 無 料
     お問い合わせ : 林まで(090−2616−8417)

病院でいただく薬ではないお薬が、あみださまからいただけそうな気がします。