2006年8月

心から手を合わす体験

時々お話していますが、ちょうど6年前私は子宮ガンになりました。今日まで再発することなく、元気で暮らしています。ただ1年ほど前から、低い数値ですが、腫瘍マーカー数がジワジワ上がり出して、これもブログでお話しましたが、今年3月にペット検診もし、異常なしの診断もいただきました。私は2年程前からアトピーがひどくなって、私の測っているマーカー値はアレルギーも関係することもあるそうで、そのせいだろうとも言われました。それから5ヶ月、数値は以前のままジワジワと上昇です。ちょうど丸6年だし、今度はCTの検査をすることになり今月3日受け、今日結果を聞きに行きました。


「これでガンが見つかったら、ガンて本当に怖い病気やね」と娘が言うほど、私はしごく元気です。でも絶対大丈夫とは言い切れません。「まさか…まさか…」多少の不安はあります。また今日は病院に行く時、平和公園のあたりで道を1本間違えて、お墓の中をウロウロです。「エーッ、くわばら、くわばら」


おかげさまで、今回も「異常なし」。この瞬間は本当に心から手を合わす心境です。後になって、そんなことはないと思ってたーという言葉も、何にもなかったから思えるんです。つつがなく生かせてもらっているという実感を心身ともに感じます。まだ当分1ヶ月1度の検診で、なかなか無罪放免にはならないですが、逆にこの体験が「ちゃんと生きてるか?感謝しないかんぞ」と教えてもらっているように思います。


8月26日(土)市内の法盛寺さまで、《親鸞に聞く集い》が開催されます。その時、法盛寺さまの「歌おう会」に入っている私たちも仏教讃歌を何曲かご披露します。そのうちの1曲は暗譜なので、いま家のいろんな所に歌詞カードをはって練習してます。最近フッと思ったんですが、楽譜で文字をおっている時は、あまり感じることはなかったのですが、字にしてそれを眺め毎日歌っていると、「毎日をこんな風に生きていきなさいよ」…と後押ししてもらっているように感じます。歌詞をご紹介します。
         朝な朝なに  み教え仰ぎ         
         浄き(きよき)勤めに   いそいむ我ら

         朝な朝なに  仏行(みあと)をしたい   
         浄き(きよき)思いを   語らう我ら

         朝な朝なに  仏証(みさとり)たたえ
         浄き(きよき)こころを   やしなう我ら

         めぐみあふるる   貴き一日(ひとひ)
         今日も捧げん    我らの命

1度読んだだけでは、は〜んという感じだと思います。でも毎日、特にメロディつけて歌っていると、段々しみてくるのです。私たちの年齢でも、お経をあげてても、なかなか内容が解からず、口と心がバラバラなことってあります。でもこの口語体の歌は、歌いながら自然に心に入ってきます。機会があったら是非一度聞いて下さい。


 ※2006年度(第36回)仏教・夏期大学「親鸞に聞く集い」のご案内
      日 時 : 8月26日(土) 午前9時〜11時半
      会 場 : 法盛寺(桑名市萱町) ※すぐ前に市内循環バスのバス停あり
      講演会 : 法 題「仏弟子の道」
      講 師 : 西恩寺前住職  池田勇諦先生
      会 費 : 1000円
    

心の元気塾

今月の「心の元気塾」は8月9日にありました。ご住職やメンバーとも随分気心がうちとけて、リラックスしておたずねできたり話し合ったりする雰囲気になりました。

今回は、親鸞が師と仰ぐ法然、そして「浄土宗」「浄土真宗」のお話から、日常の事と照らし合わせて具体的に話していただきました。話の流れから、「三帰依文」の話になりました。お東では法座の前に、皆さんで唱和しますが、私なんかちゃんとした内容を解らずして唱えてます。ですから、ダイジェスト的にですが内容を教えていただき、何かスッキリする思いがしました。


その日から6日経ちました。お盆中来客もあったりしてバタバタしてました。さあ、このブログにご紹介文を書こうとパソコンを開き、自分でメモしたノートを見ても、「アレッ、アレッ…」このメモ何のことだったか、前後の状況が全然覚えてないのです。確かにノートには色々な事が書いてあるのですが、実際ご住職の話を聞いていた時は、「そうだよなー」自分も頷き、共感していたことが何だったのか、文章で書けるほど整然と覚えていないのです。


だから「聴聞」というのは、聴いて聞いてなんでしょうね。忘れることもあり、引っかからないこともあり…でも法話きけるご縁を多くもつことが大事ですね。ついついこういうことに見構えてしまう自分に、リラックス、リラックス。知ってることより、そんな自分になることが大切なのですから。

母の役割

お盆休みに入って、大阪で働いている次男が帰省しました。普段はメール1本もしません。帰ってしばらくしてウトウトしている姿に、聞けば帰りはいつも11時頃とか結構ハードです。夕飯はやはり母の手料理が一番のご馳走と思い、腕をふるいました。


先日親しくしている6家族で食事会がありました。その時、ご主人もお料理するという話がでました。ご主人の年齢は50~65才ぐらいです。全く奥さん任せという家とご主人もする家と半々でした。確かに男性も趣味やリタイアして奥さんのために腕ふるうのも悪くありません。その時、今の子供の状況も話題に出ましたが、私は食事と子供(家族)の状態は無関係ではないと思います。


今は男女共同参画とか、女性にも同等のチャンスを...と権利が主張されています。でも私は古いと思われるかもしれませんが、子供を生む機能のある女性と男性は、この世に生まれた役割はそれぞれに違ってあると思います。生まれて間もない赤ちゃんを抱いた時、口元がお乳を捜します。あれは父親の胸を捜しているわけではありません。自分の才能を埋もれさせたくないと思うのなら、結婚はともかく、子供を産むことは放棄するぐらいの覚悟がいると思います。それぐらい母親の担っている役割は大きいのです。


じゃ、かく言う私はバッチリ母親業を務めたかというと、そうではありませんでした。結婚して30年、主人と同じように仕事をし、合間に家事をこなすことで目一杯でした。食事の支度する時間がなくて、3人の子供に500円玉を3つ並べて「適当にー」ということが結構ありました。子供に「よそは塾の時間に合わせて食事の用意をするのに、ウチはできなくて、ゴメン。はい、500円だ」と皮肉言われたことも何度もあります。幸い当時はコンビニがなかったので、自分で何か作って500円をうかして小遣い稼ぎもしていたよういたです。


それが2年程前体調をくずして、薬では無理、体質改善を余儀なくさせました。そして色々学習実践をする内に、食事の大切さ・怖さを身を持って知りました。仕事をセーブして食事を大事にすることを心がけてきました。徹底してはいませんが、野菜中心・化学物質をできるだけ取らないようにしました。そんなたいそうな料理ではありません。でも同じ献立でも、器や盛りつけで工夫はできます。量も控えられます。主人も食事には気をつけない持病がありますので、ちょうどいいです。


そして1年半。ベースである家庭を丁寧に生活して生きる、食事だけではありません。花を生けたり、育てたり...家の掃除もこまめにする、するとインテリアにも気が配れます。家族の気持ちも何か落ち着きます。今までバリバリに働いていた人がいつまで続くか...回りはそんな目で見ていたようですが、私自身は非常に心地よいです。仕事の上で毎日やり残した事があって、いつも追われているような、今思うと足元が上滑りしているような毎日でした。母親がその勤めを担うことで、家族はそれぞれに自分の仕事に集中することができます。

息子が帰る時、「心も体もゆっくりした、リフレッシュした」と思ってくれるよう、母親の勤めを果たしたいと思っています。