2006年10月

認め合う

私は自分でも明るい性格だと思っています。多分回りの方もそう思っていただいているようです。でも、よくよく自分を見ると、一人っ子のせいか、本来1人が好きです。人がいると必要以上に意識過剰になって、サービス精神を発揮します。それで自分も楽しい思いをするのですが時々疲れます。自分で一生懸命そんな人になろうと頑張っていた気がします。ドーンと腰の据わった人間になりたいといつも思っていますが、いざ事に当たると、人の評判・評価に一喜一憂する私です。


そんな時、ある雑誌にこんな事が書いてありました。五木寛之さんの話です。
一時流行っていた「ネアカ」「ネクラ」という言葉、日本は戦後頑張って経済復興もとげ、陽気な民族になろうとしました。迷い戸惑う、悩むとか憂いを感じる…そんな言葉を「マイナス思考」という名前で否定し、明るさ、笑い、前向き、元気、ユーモア…こういうことがいいと思わせる風潮がありました。でも人の心はそれだけでは生きていけない。憂いや無力感、心の萎えた状態がすっかりなくなることはありません。逆に心が萎えるのは、菩薩の心、慈悲の心を宿しているからとも言えます。笑うことだけでなく、悲しむことも人間的な心の有り様であり、そんな気持ちになりそうな時は、安心してそういう気持ちになればいい。そういうものを抱かえつつ生きる姿勢が大切なのではないか…


それを読んだ夜、毎月恒例の「心の元気塾」がありました。
「お浄土」の浄とは、分け隔てがない、差別がない、平等で、比較しない、上下をつけない、優劣をつけない、競わない世界だそうです。我々人間世界はその逆が充満してます。だからといって、それがいけない事とは言われない。この世はそれが当たり前の世界です。でも、そんな中で、「こんな私でいいのです」そして「そんなあなたでいいんです」という気持ちになれば、もっとこの世も生きやすくなるのではないでしょうか。…そんなお話がありました。


この五木寛之と心の元気塾のお話、全然関係ないようで、でも共通項もあるような気がします。人にも自分にももっと大らかな気持ちで認め合うようになれば、気持ちを楽〜に生きていけるような気がします。それがなかなか出来ない私は、「そんな気持ちになりたい、なりたい」と思いながら日々生きてます。