2008年8月

爽やかな笑顔

今日でオリンピックも終わります。
TVのニュースやワイドショーでも、ハイライトシーンがよく放映されます。成績の良かった人はもちろんですが、みんな本当にいい顔してます。爽やかです。よくメイクの仕方で…と色々なテクニックが雑誌などでも掲載されていますが、あのオリンピック選手の笑顔と比べたら、足元にも及びません。やはり、小手先じゃない本物、本物ですよ。それには、生き方・向かい方・達成感…辛く苦しくて流した涙もあっての、あの笑顔なのでしょう。


私は笑顔がその人を見るバロメーターにしています。子供が幼い時でも、学校で何かあったみたいだけど、この笑顔がある内は、そんなに深刻じゃない…とか。笑顔でもよ〜く観察していると、顔だけ笑ってるとか、大げさに笑っているけど、心冷めてるとか、何か解りませんか?笑うこと自体が少ない子供も多いようですが、いい顔して笑う子に親は育てるべきですよ。私たちもそう、お年寄りもそう、「笑う門に福来たる」です。

登校拒否〜我が家の場合〜

ご多分に漏れず我が家も登校拒否ありました。現在30才の息子が高2の時、朝起きてご飯済ませて、それからがグズグズというか、ノロノロというか…結局休んでしまったという感じでした。明るくて友だちも多かったので、引きこもるというイメージではなく、暑いから寒いからぐらいの怠け心かなと最初はそんなに心配していませんでした。でも高2の3学期初め、この調子で欠席が続くと3年生への進級はできないと言われました。でもその頃には、叱ったところで、なだめたところで学校へいく雰囲気ではありませんでした。


なぜこんな事になったのか?心当たりはありました。息子は双子で、2人が中学生になったら本当に手がかからなくなりました。それに反比例して仕事がどんどん増えていきました。「五大」と社名変更したのもその頃です。これにはすごいエネルギーと時間が必要でした。準備から軌道にのった3年間は大変でした。それが一段落した頃、親戚の倒産をもろに被って、一時はウチの商売にもあやぶまれる時期もあり、これも解決するまで2年間精神的にもきつかったです。ですから家事をこなしながら何とか母親業もやっていましたが、前述の仕事の状態内容は鮮明に記憶にありますが、子供たちが成長していく様が印象にないのです。


よく子供が小さい時、病気やケガは、後で思うと親の心が他にいっている時起きるって感じたことありませんか?実際中学になれば手はかかりません。でも心もかけていなかった。息子は中2の時、ささいな事から父親ととっくみあいのケンカして、3年間父親とは口をきかない生活をしていました。その後の登校拒否です。賢くてしっかりものの姉と、要領のいい弟との間で、双子でいつも比べられ、人知れず劣等感も持ち、本当は一番シャイな彼が代表して、親の姿勢に反旗を揚げたんだと思いました。主人が口出しすると言葉を荒げかねないので、後半は黙って様子みてました。でも主人は息子のこの状態がもう1年続いたら、知り合いのお寺で、親子で頭丸めて1ヶ月でも2ヶ月でもこもる覚悟はしていました。私はもう手をあわす、お参りする毎日でした。


これが最後のチャンスという学年末テスト、それまでずーっと休んでいたし、勉強も全然していないので、多分テストも受けないだろうと諦めていましたが、当日朝起きて「学校行くわ」という言葉を聞いた時、どんなにうれしかったか、成績なんかどうでもいいです。「よかった、よかった・・・」 その流れで学年末まで出席し無事3年生に進級できました。3年生になれば、進学・就職と回りが目標持って動き出します。自分もやっぱり大学行きたいな…そんな事を思うようになってか、それまでの登校拒否はウソのようになくなりました。


色んなケースから考えると、息子の場合はハシカみたいなものだったかもしれません。でもそれは結果見ての話で、やはりもう1年続いたら寺へ行くという主人の覚悟、そして真剣に仕事に向かう両親の姿…息子には何も話してませんが、そんな親の思いが絶対通じたと今でも思っています。

親の責任

登校拒否・引きこもり…ここ数年前から急増し、今も減ることはありません。私の回りにも数人います。状況もそれぞれで、家族の方の悩みも一様ではありません。そんな人達にひと言申すのは、はなはだ無礼な事だと思いますが、いろんなニュースを聞くにつけ、タイミングを逃すと大変な事になるような気がし、私の思いを話させてもらいます。


登校拒否や引きこもりの原因は色々あると思いますが、やはり1番の要因は家族、それも親だと思います。だから、そうなった時真正面に向かい合うのは親しかいません。知人の場合も何年も続くと親も待つ姿勢になるようです。でも、時間がたてば状況は変わるのでしょうか?確かにそんな人もいます。でもそれは本当の解決ではないように思います。秋葉原の事件も最終的な要因は親子の向き合い方が曖昧にのままにされていた事も原因ではないでしょうか?


私は子供にそんな傾向が現れたら、親が仕事辞めてでも、丸坊主にして親子で寺にこもったり農業したり…生活を変える必要があると思います。親が現実に少し目を背けて、自分の生活・自分の仕事のまま、要は親の生活は今までのままでは、子供はこもったまま無駄な時間ばかり過ぎていきます。子供が20才代の内は親は多分40〜50才代で、何とか面倒もみれるでしょう。でもそのまま子供が40才代になったら親は60〜70才代です。想像できますか?それまでには何とか状況は変わるだろうと気楽に構えてません?現実にそんな人達の事件も発生しているじゃないですか?真剣に向き合うタイミングってあるような気がします。


あの時、こうすればよかった、ああすればよかった…そんな後悔だけはしないよう、今親としてしなくてはいけないことは何か、現実から逃げることだけは、してはいけないと思います。

かわいい親善大使

先週2日間RCの関係で、韓国の少女2人ホストファミリーとして預かりました。2日間といっても2日とも夕方から翌10時頃までなので、楽と言えば楽なんですが、以前も2人のホームステイを2ヶ月ずつ預かった経験から、当日までは部屋の用意をしたり・・・気も重く、めんどうだな・・・そんな感じでした。


でも我が家にやってきた2人の女の子は、16才と18才、2人とも明るくってとても元気なです。1人は平仮名が書けるので、半分は絵と筆談、そしてジェスチャー・・・一所懸命解ろうとする思いがみなぎっています。何となくつけていたテレビも彼女自らスイッチを消し、私たちの会話に夢中です。もう1つ、おばあさんの存在です。母も日本語は全然解らないと知っているのに、「暑かったから、えらかったやろ」  彼女たち、目を点にして 「えらかった・・・?」 「やろ・・・?」 でも、「そう、暑い、暑い」  勘も働いて何となくおしゃべりは続きます。 改めて会話というのは、相手を好きになって、何とか聞きたい、話したい・・・そんな思いが強いと解り合うものなんですね。


オリンピックの開会式も一緒に観て(韓国の入場が終わりの方で、1人は待ちきれず眠ってしまいましたが)、碁の五つ並べしたり、写真撮ったり・・・。帰る時には、おばあさんも涙涙。バスに乗る頃には、私も涙、もちろん彼女たちは、声を出して泣いてます。たった2日間だけなのに、こんなに情が移るんですね。


80才過ぎた両親には、韓国というと「朝鮮人」…そんな印象は多分あったと思います。でも2人のかわいい親善大使のおかげで、韓国のイメージは変わったような気がします。私たちも彼女たちの話し方、ちょっとハスキーボイスで、韓国独特のイントネーションで「おとさん、おとさん」「浴場(ヨクジョ)、浴場」、そして、屈託なくよく食べ、本当に楽しそうによく笑った彼女たちのしぐさを思い出して、昨夜も話していました。帰国の日、おばあちゃんはデイサービスに先に出かけていたので、2人でカードにメッセージを残してくれました。


“おばあちゃん、親切にしてくれて、ありがとう!
愛してるよ、元気でね”
   一人は平仮名で、1人はハングル語で書いてくれました。

今必要なこと。

最近梨木香歩著「西の魔女が死んだ」を読みました。数ヶ月前同タイトルの映画も上映されました。ストーリーは非常にシンプルで、登校拒否をしている主人公が、母方の祖母(英国人で日本へ来て国際結婚した人)と生活を共にすることで、彼女は何かに気づき、数ヶ月後以前の生活に戻っていくというものです。


私はその英国人のおばあさん、あんな人になりたい、あんな生き方をしたいと思いました。もし孫が何かに押しつぶされそうになった時、ゆったり迎えられるおばあさんになりたいと思いました。このおばあさん、孫が来ても生活はいつものパターン、来てすぐの昼食も「サンドイッチ作るから、裏の畑でレタス採ってきて」・・・です。母親が帰った後も、野いちごをたくさん摘んでジャム作り、空き瓶を消毒して詰め、夜はそのラベルを作ります。出来上がったジャムは、保存食にもなるし、知り合いに差し上げたりします。
生きるために必要な手間はかけるのが当たり前、早寝早起き、食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活しましょう。孫にやさしく語りかけます。孫に教えるのは生活の知恵、ミントやセージのティー、これを畑にまけば虫除けの薬になるとか、バラの間にニンニクを植えておくとバラに虫がつくにくくなるとか・・・


孫がききます「意志の力って、後から強くできるものなの?生まれつき決まっているんじゃないの?」。おばあさんが答えます。「ありがたいことに、生まれつき意志の力が弱くても、少しずつ強くなれますよ。少しずつ時間をかけて、だんだんに強くしていけばね。生まれつき、体力のない人でも、そうやって体力をつけていくようにね。最初は何も変わらないように思います。そしてだんだんに疑いの心や、怠け心、あきらめ、投げやりな気持ちが出てきます。それに打ち勝って、ただ黙々と続けるのです。そうして、もう永久に何も変わらないんじゃないかと思われる頃、ようやく以前の自分とは違う自分を発見するような出来事が起こるでしょう。・・・」   このおばあさん、気負いもなく、年齢による体力の衰えも言い訳にせず、今の自分に出来ることを、日々黙々と営んでいる、これが本当の生きる姿勢です。これが本当の強さだと思います。


数日前、子供たちにもっと科学に興味を持ってもらおうと、全国出前の授業・実験・講演を展開している起業家の方を紹介いただき、1時間ほどお話しました。確かに興味深いお話です。バイオテクノロジーやDNAなどを実験やサイエンスショーを通じて関心を持てせる…これはこれですばらしい事です。比較すべきものでもないかもしれませんが、私はこの先端科学実験教室のお話を聞きながら、今の日本には、前述のようなおばあさん・おじいさんが身近にいる環境の方が大事だし必要だと気づく大人がもっと増えるようにと思いました。


毎日のように、いとも容易く、人にナイフを向ける、傷つける、命を奪う・・・こんな社会おかしいですよ!!!