2008年10月

女性力?

先日小池百合子さんの講演を聴く機会がありました。
さすがお話は上手いし、彼女の発想や切り口は興味深いものがありました。
内容は最近出版された『もったいない、日本』にそったもので、縦割り行政の批判もあり、その対策ももちろんですが、「女性力」「シニア力」「農業力」…日本には優れた力があるのに、流れのまま縮んでいくのは、あまりにも「もったいない」。それを動かす政治も機能せずに「もったいない」ー。というものです。確かにそうだという一理もあります。彼女の話術・心を打つ訴え方は納得いきます。


でも、でも・・・家へ帰って、娘の話を照らし合わせた時、フッと違う事を思いました。娘の友だちで保育士している人の話ですが、園児と砂場でままごとをしていました。以前なら、園庭にある雑草を摘んで、ナイフで切るマネしたり、煮炊きする仕種があったそうですが、最近はトレーのような四角い板に砂をのせて、レンジでチンというマネをするそうです。親のやる通りです。そんな園児が本当に多くなったそうです。その子たちの話では、そんなお母さんが土曜日や日曜日はお料理作るそうで、それがおいしくないって言う・・・出来合いのレンジでチンの方がおいしいと感じる舌になっています。じゃあ、その子たちが大人になったら、どんな食事をするのか・・・???、こわくありません?


食事は生活の基本です。健康の元です。たまにはいいと思うし、心の中では「今日はこれでゴメン」ーそんな親の気持ちがあれば、子供も「何がいいか」という事もちゃんと理解できます。でも親が「これが当たり前、平気!」という生活だと、どんな子に育つんだろう?きれる子やこもる子が増えるのも解ります。


先程の小池さんの「女性力」、仕事面や社会での立場を考えたら、確かにその力も伸びてほしい、でもその前に、「母親力」、これは何者にも変えれませんし、その子の一生に影響するものです。それも「三つ子の魂…」でせいぜい小学生終了までに、手間を惜しまなかったら、後はちゃんと育ちます。


次の世代をちゃんと育てることも、親としての責任です。
環境問題も次世代をしっかり考えないと、まあいいかになってしまいます。
私たち大人と言われる人間なら、当然の義務です。
少子化も問題ですが、精神的に大人でない人が、子供を作る事も問題ありです。

自分の居場所って?

あるお寺のコーラスの練習に、先日行ってきました。
ここでは、ご住職がみえる時は、ご法話をして下さいます。
きょうは「居場所」っていうお話でした。


「自分の居場所はどこだ?」と思う人って、案外多いと思います。お年寄りに限らず、お父さんや子供たちも…。大きな立派な家に住んでいても何か寂しい、する事がない、空しさです。子供も母親の思い通り育たないと「ウチの子じゃない」と叱られる、学校へ行っても、友だちに合わせたり、先生の目を気にしたり…。お父さんもマイホーム建てて、頑張ってローン返して、やっと定年になったのに、家でゴロゴロしていると奥さんから「今日もウチ?」「どっか行かないの?」…


居場所というのは、人との関わり合いがあって成り立つことが多いです。もちろん畑で野菜作りをしたり、趣味に夢中になることも自分の居場所です。でも「ここも自分の居場所だ」と思える一瞬がいろんな機会に持ってもらう、寺もそんなお手伝いがしたい・・・こんなお話でした。ご住職は居場所を作ってあげようという立場でのお話でした。それは親や先生が子供を見る時も必要な事です。でも、私は最終的に居場所は自分で捜すもの、自覚するものだと思います。


1人野菜作りをしたり、お団子屋のおばあちゃんでしたら、死ぬまでそれでいけます。でも人が寄って成り立っている場所では、時の経過と共に、中心になる人が変わってきます。もちろん体調も年齢による影響も大きいでしょう。状況を体調を自分がちゃんと見つめ自覚しないと、「なんで…?なんで…?」と思ったり、何か寂しさや空しさを感じる時もあるでしょう。
  ・自分の居場所を思っていたのに、何か違う。
  ・今までと同じようにやっているのに、何か空しい。
これは、現実の状況と自分との思いのズレが原因だと思います。


自分の気力や体力をしっかり見つめ、できる事を自分で捜す。自分のステージを小さくする。自分のポジションを中心から端へずらして、大らかな目でみるようにする・・・自分のすべき事を棚に上げて、「誘ってくれない、やらせてくれない…」そんな風に他人のせいにして、自分を解ってない、そんな人にならないよう色々考えてます。

コンマ以下の発見

先日後輩みたいな立場の人とおしゃべりしました。
その時私が「あなたはハートあるし、熱心だし、いつも一所懸命なのに、心に残らなかったり、あの親切な行為は仕事の延長...って、寂しく感じる時がある」って言ったんです。そうしたら、彼女急に声上げて泣き出したんです。「別の友人関係でも思い当たることがあるし、子供にもそんな風に思われている時がある気がして・・・。でも自分のどこが、そんな風に思われるのか判らないんです」って言いました。


私もえらそうなことは言えませんが、彼女見てて思う事は生き方というか、思いや行動が整数なんです。だから6÷2=3、7÷3=四捨五入して2でしょうか?それで自分も悪いとか寂しいとか思ってないし、しごく当たり前なんです。でも人がフッとうれしくなったり心に残ることって、0,3とかコンマ以下の思いやりだったり、やさしさだったりじゃないでしょうか。


どうしたらこんな性格治りますか?って訊かれました。治すって、彼女自身いい人だし、悪いことないから治すってものでもないと思いますが、しいて言えば、色んな人をいっぱい見る事、おつき合いすることだと思います。アンテナをしっかり高くして、あんな風にするといいなとか、してもらってうれしかったな・・・という感度をよくすること、そして、いいと思ったことはマネすることです。マネでもいい、やっている内に身につくようになります。私も感じたり思ったりはよくしますが、なかなかマネできないのも現実です。でもどこかで聞いた「できる事からコツコツと」・・・ですね。

自然界の自分

以前ブログで「お照らしがよかったでね」と言ったおばあさんのように、農業など自然を相手にして生活を営んでいる人は、「受けて立つ」という姿勢が気負いではなく身に付いて、やはり強いと思います。精魂込めて作った野菜や果物が、台風や大雨で台無しになる、虫の発生ですべてパー・・・こんな事はよくあるようです。先日もぶどう狩りに行きましたが、あんなにたわわに実ったぶどうが、収穫期の直前台風が来て出来が半減したら、どんなに情けないだろうと人ごとながら思いました。でも、何があっても又春になったら種蒔いたり苗植えたりするんですよね。


1日なら陽が昇り陽沈む、1年なら春夏秋冬その時その時の季節を大切にする、それが1番の生命力の回復につながると思います。もし心が病んだら、何もかも忘れて土を相手に農作業に励めば良いと思います。もちろん体力も使います。それだけでも睡眠の取り方が変わってくるでしょう。苗や種の成長も楽しみです。私もささやかですが、植えた花の苗に新しい芽を見たり蕾を見つけると、心があたたかになります。でも実をつけた頃、たわわになった頃、台風でダメになったり虫が喰ったり・・・台風も虫も自然です。
それも許さなければいけない。自分も自然界の1人なら仕方ないことです。


でもそれが心や体で理解できないーだから病むのだと思います。
自分の食べたいものが、何時でも何でも買う事のできる現代では、なかなかピンとこないと思います。これは自分が何とか元気で動ける内はいいです。よく50才ぐらいまでは「生産の年代」、50才過ぎたら「受容の年代」といいますが、後半は病気も老いも死も受け止めなくてはいけません。


私は「葉っぱのフレディ」という物語が大好きです。これから街路樹も枯葉の季節になります。いつも不思議に思うんですが、落ちた葉っぱ、確かに近くの人がお掃除もします。でもそれだけではないはず。アスファルトの落ちた葉っぱは、何度も何度もタイヤの下敷きになり粉々になって風に乗ってとんでいきます。土の上の葉っぱは雨にうたれる度に柔らかくなって土に溶けていきます。自然界ってこんな感じ、少々早い遅いはあっても、みんなみんなこんな風に一生をおくります。人間も同じだと思います。

そんな大きな大きな自然界の中のちっぽけな自分と思ったら、「私が、私が」と言えなくなります。大した力ではありませんが、やらせてもらいます...ふと思います。「やるぞ!」という思いは謙虚に、自分でもどうしようもない事を受ける時は、ドーンという大きな心で受け止める。(これも大きな自然界か運命の流れなんです)。お百姓さんが春が来たら又種をまくように、淡々と、でも心持って毎日を送って生きたい・・・そんな風になれたらな・・・

これ以上便利にしない工夫

私は4年前体調をくずしてから、仕事モードから生活モードへ変えてきました。
仕事しながらも生活してるじゃない?と思われるかもしれませんが、仕事中心だと優先順位が違ってくるのです。今思い出してもゾッとします。いつもやり残した仕事があって、すっきりすることがない。時間に追われ前傾姿勢で歩いていたように思います。当然食事や家事はその合間でこなす訳ですから手抜きになります。


先日もテレビの対談を観ていたら、「これからは、これ以上便利にしない工夫をすべきじゃないか」って提案している人がいました。私もそう思います。便利っていうのは、手間がかからないとか、時間が短縮できることです。でもそのために運動不足になってジムへ通うようなことなら、何が便利でいいのか、逆に人の体を蝕むようなことになったら、それこそ本末転倒です。


先日も農業をやっている義母から「野菜で出来たから取りに来て」と電話がありました。88才の母が作る野菜です。取り立てて珍しいものもなく、出来もマアマア。ドンといただくと、使い切れず腐らしてしまうこともありました。他人さんに差し上げるまでも…そんな感じです。その日も枝豆、里芋、さつまいも…です。その日は時間があってので、1�s以上あった枝豆はゆでて、うす皮もとって、ポタージュスープを作り、社員さんのおみやげにしました。さつまいもはスイートポテトにして翌日父の碁の仲間が10数人みえるので、お茶請けにしました。里芋は蒸してつぶして黒ゴマや一味を入れて平たい団子を作り、焼いてお味噌つけたら、目先が変わって里芋の好きでない家族もたいらげました。


母の作った野菜に一手間かけたら、みんな食べてもらえて、野菜も全部使ってすごく気持ちよかったです。30年程前お菓子作りが好きでした。でも色々やってみて出た結論は、お店で買った方がおいしくて便利ということでした。そして5年ぐらい前までは、デパート好きな私は「老後はデパートの近くのマンションに住んで、デパ地下で便利においしく」と半分冗談で考えてました。でも私も自分や家族の健康、そして今の社会状況を考えると、段々考えが変わってきました。今デパ地下、全く利用しない訳ではありませんが、あまりにも種類がありすぎて、「これ残ったらどうするんだろう?」、企業もそれを利用する私たちも何も感じずエスカレートしていったら、絶対バチが当たると思えて仕方ありません。「たまにはデパートの老舗の○○買っていこう、でもこれぐらい自分で作ろうよ」、至れりつくせりすぎます。


手間をおしむ時間で私たちは何をしているのか?
子供や孫に伝えていきたい事は何なのか?
こんな飽食の時代がいつまでも続かないかもしれない。
どんな時代にも生きていける健康な体と智恵を伝えていかねばならない。
これ以上便利にしない工夫=手間をおしまない ことだと思います。

ご縁に出会う

昨日・一昨日と別院婦人会の研修バス旅行に出かけました。
高齢の方も多いという事で近い所、1日目は三河別院→八丁味噌の工場見学→赤羽別院→宿泊先、2日目は蒲郡の魚市場→西方寺(清澤満之の自坊であり記念館もあります)→童話作家の新美南吉記念館というコースです。どこもしっかり法話や説明をしていただいて内容の濃い旅行でした。


それにも増して私の心を打ったのは宿泊の同部屋のお母さんたちのお話でした。4時頃ホテルに着いたので、おしゃべりは一杯できました。皆さん70才過ぎかな・・・でも本当に信心深いです。おしゃべりの内容を少しご紹介します。
   「気持ちええな〜、お寺さんへよこさしてもらうと、胸の辺りがすーっとするな」
   「2・3日前から今日のこと考えると、うれしてうれして、畑仕事しながら思わず
   『恩徳讃』が口に出てな〜」
   「いつから、そんな風に思えるようになりました?」(私)
   「いつからかな…? あるご法話で「思った時がその時、『今』ですよ」って
    聴いてときかな?」
   「畑やって家の事やって、それからお寺さんへ・・・そんなん思てたら一生行け
    ませんよ、『今』って思った時、草も待っててくれるもん」
   「内職して小遣い稼いでも、ほしいもん買ったら無くなるね。でもお寺へ来て
    お話聴くと、胸ううん心がポッポ、ポッッポ熱くなってくるの」
   「そんな風になかなか思えませんも・・・」(私)
   「ううん、これは仏さんが仕向けてくれるの。私の力と違う。だって私がいくら
    思っても病気したら出来へんよ」
このお母さん何事につけても前向きです。 話は続きます。
   「お父さんとの縁談1回断ったん、でもまたプッシュされてね。お父さんがすぐ
    諦めたら、私はここに今おらへんな」
   「お父さんは6人兄弟の次男、でもお兄さんがな家出やしたん。それで、私達が
    田畑もらって今させてもらえるの、お兄さんのおかげ」
ひとくちで簡単に言うほど容易くなかったのは、70才にしては腰の曲がった姿を見れば想像つきます。義理の両親を97才と90才で見送り、弟妹の世話をしてやっと今に至ったはずです。
   「どうしたら、そんな前向きに思えるの?」(私)
   「五大さん(私のことそう呼ばれます)、私がしてるんと違うの。
    みんな仏さんのおはからいなん」・・・・・


私はお寺さんとの関わりを持つ中で、ずーっとモヤモヤしているものがありました。きっかけは、どうしても商売の延長でした。だから色んなお手伝いさせていただいても、やってる自分が本当の信心でやってると思えないとこもあります。なんか自分が偽善者に見えて・・・。そして、本呼んだりお話を聴いても、頭で理屈で解ろうとする。そんなクセがついてました。でも、昨日のお母さんたちの話を聞いて、基本にしっかりあるとは、こういうことなんだと判りました。そして焦る事はない、みんな仏さまのおはからい、今の自分もそう、ご縁がある事をやらせてもらおうと、変な肩の力が抜けた、でもほのぼのとして心をいただきました。

おしゃべりの中で猿が出没して柿を食べたり、冷蔵庫開けたりする話になりました。お母さん最高です。「私な、もし自分が猿やったら、時々美味しいもの食べたいもん。だからあんまり追い払わないの」

『ようこそ、お寺へ』

昨日、市内の法盛寺というお寺さんで心あたたまるコンサートがありました。
ダウン症のピアニスト、越智章仁さんの演奏とそのお母さんのお話です。
ダウン症というハンディはあるものの、才能を見出し育て育てられたお二人の姿にすばらしいと私たちは思いますが、お母さんはこうおっしゃいました。障害を持つ人は、昔なら20才位までの寿命と言われました。今では50か60才と言われます。でも、歳をとるのも速いような気がします。(章仁さんは31才ですが・・・)
お母さんは常に冷静に物事を見てみえます。失礼ですが、障害をもつ人としてはある意味脚光を浴びてます。だけど楽譜も読めない息子と二人三脚でいつまでできることやら…というお話を伺った事があります。このお母さまは今の幸せをしっかり見つめ、1つ1つの機会を大切に受け止められています。


章仁さんが9歳の時、お父さんが病死されました。それからのお母さんは必死だったと思います。でも30年余り過ぎて、確かに今も将来に対する不安や心配はあるでしょう。でもあの方たちは(今日はリコーダーを演奏する太田君も競演で3人です)、悲しみの涙もいっぱい流したと思いますが、今日のような感動の涙もいっぱい経験されたことでしょう。お寺の本堂というステージのせいか、又彼らが演奏の前も最後も、ちゃんと阿弥陀さんにお参りする姿を見て、この人たちは阿弥陀さんの膝の上にいらっしゃるような気がしました。そんな深いあたたかさが、私たちにも伝わってきました。帰り一緒に行った友人が、「小学3年生の娘の言動に手を焼いていたけど、母親として自分の姿をもう1回考えます」と言っていました。


法盛寺さんの『ようこそお寺へ』は今年から始まり、今日が2回目です。お若い人も含め多くの方にお寺に足を運んでほしい。宗教的な制約をできるだけ緩めて、心を考える機会を持ちたいという思いでスタートされました。来て下さる人が多い少ないは関係ない、そのご縁を大切にしたいという思いだそうですが、今日は本堂一杯になりました。やっぱりうれしいです。

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おくりびと

映画「おくりびと」を観ました。主人公は納棺士です。
チェロ奏者として挫折して、故郷の山形に戻った主人公が「旅のお手伝い」という求人広告を見て、旅行代理店かと思って面接したら、「安らかな旅立ちのお手伝い」で納棺士だった。経験を重ね仕事のやりがいも見つけた頃、街で会った友達から「もっとまともな仕事につけ!」と言われるし、内緒にしていた妻にばれた時、「汚らわしい!触らないで!生まれてくる子供もいじめられる...」と言われる始末。しかし、非難した友達の母親が亡くなった時、体を拭いたり、化粧をしたり、その行為を思いをこめて心から丁寧に行う仕種を見て、妻は段々考えを改めるようになる。そして、30年前自分と母親を置いて家出した父親が亡くなったと言う電報を受け取る。父を憎んでいる主人公は、妻に促されていやいや会いに行くが、無造作に棺に納められる父を見て、「自分でやります」と叫んで作業を始めると、子供の頃自分が父にあげた石ころを、ぎゅっと握りしめて亡くなって父親の姿を見て、少しずつ父に対する思いが愛に変わっていく・・・こんなストーリーでした。


どんな仕事が良くて、どんな仕事良くないのか?
多くの人が色んな仕事に関わってくれているから、私たちは生活していけます。「わかってます。でも、自分の子供には...自分のダンナには...」
エリート○○とか、医師とか・・・だから幸せなのか?
そして、その人が就く仕事によって、この映画の主人公のように、自分の人生も深くなる。
そんな仕事もあります。


私の娘は整体をやってます。元々は建築士をめざしていましたが、学校出た頃、私たち夫婦が相次いで大病をし、その看病に携わっている内に、整体に興味を持ち始めました。資格をとって私の知り合いや従妹の関係で頼まれると施術してます。もう始めて6~7年ぐらいになります。


4・5年前なかなか縁談のない娘に、お見合いのお世話をお願いしました。その方はちょっと年配でしたが、色々身元調査の感じでたずねられます。その時「職業は?」と聞かれ、「整体をやってます」と言ったら、「う~ん、それは敢えて書かなくていいでね」と言われました。「・・・?」 私も娘より数年早くその資格をとりました。(今は誰にもしませんが) その時はこれで何か人の役に立てると思ったものです。だから娘が興味をもち勉強したいと言った時も大賛成でした。だからそのお見合いの仲人の方の言葉は、ちょっと悲しかったです。


でも娘はこの整体のおかげで、人との関わりを深く持つ生き方でできるようになりました。毎週娘を待つ一人暮らしの富田のおばあちゃん、入院した時も親戚の子と偽って、娘に施術を願う岐阜のおじいちゃん・・・(みんな他人さんです)。 もう3~5年のおつき合いです。体に触れることで、その人の生き方や性格が判るといいます。そして素手で触れられると、人は無防備、素になります。そこで生まれる交流は本当に人間的です。私は「おくりびと」の主人公とオーバーラップしました。


先述のお見合いの仲人さん―あの人なりにお話が進むよう図って下さったのだと思いますが、自分に対しても人に対しても深く見ることって大切ですね。