2008年12月

農業の大切さ

農業の大切さがちょっと感じかけた私から一言!
これだけ景気が落ち込み、心も病んでいる人の多い現代、天災がいつ起こるかわからない今、生きていく上で何が強いかと言ったら、農業の生活スタイル、自給自足のスタイルだと思います。とりあえず、住める場所と食べるものの確保です。絶対おいしいかと言ったら、そうでない時もあります。今は「どこの○○がおいしい」・・・情報も増え、舌もこえて、皆さんグルメの仲間入りと思っていらっしゃる。での本当のグルメは、今ある食材をいかに美味しく調理することだと思います。


私は、もし無一文になったら、料理や家事が好きだし、コンピューターもするから、どこか住み込みのお手伝いに雇ってもらいないかなと思っています。お寺だったら、尚いいですね。阿弥陀さんの元、ご住職の食事を用意する・・・いいじゃないですか。


大手の企業が大々的にリストラをすると報道されてます。契約社員の方は、もろに影響を浴びます。反対でもされたり、国が救済措置をとることを要望したりしています。でも、そんな事で解決しないと思います。経営側が、「売れない→製造できない→人員削減」当たり前の手段です。まして、失礼ですが、何か能力があれば、会社側は最後まで辞めさせない、じゃない方から順番です。新任で採用取り消しも出てくれば、優れた人もゴロゴロいる。必要だったら採用に事欠かない。・・・これが現実です。


でもそれは、今の状態…住む場所も生活体系も保たれてを考えているから緊迫してくる。どうでしょう?田舎に住んでみては・・・。義母も言ってましたが、畑をやってくれる人を頼んでもみんな断られるって。加齢でだんだんできなくなるそうです。回り見ても休耕田ししている畑もあるし、雑草が生えて何もしない畑もあります。田舎なら住む所も、捜せばあるでしょう。皆さん都会に出てみえますから。そこで住む場所と食べ物を確保すれば、又違う人生歩めるかもしれない。もしかしたら、その方が子供がいい子に育つかもしれない。


置かれている状況を憂う前に、自分の考え方・生き方を変えれば、又おもしろい人生になるように思います。

手塩にかける大切さ

今月2・3日と、うちのお手次寺(明円寺)の報恩講がありました。
私たちお斎(とき)スタッフは、1日に集まって献立を決め、2日に買い出しと下ごしらえ、そして、3日に料理するのです。これは本堂を再建した3年前、お斎は手作りでしたいという、ご住職の思いがあり始めました。今年で3回目です。私たちは5年間は毎年メニューを替えようと思っています。後はローテイションにするつもりです。


お斎は精進料理です。野菜は皆さん作られた大根とか白菜を使います。私は里芋だんごを作ることにしました。里芋を蒸してつぶし、黒ゴマと七味とうがらしを入れて平たく丸め、フライパンで軽く焼いて甘味噌をつけます。1日は定休日だったので、主人と実家へ里芋をもらいに行くことにしました。


結構な量がいるので、お義母さんと3人畑へ取りに行きました。主人が鍬で掘り起こし、母と私で根や土を取ります。こんな顔ぶれで畑に行くのは初めてです。“畑が命”の母は本当にうれしそうでです。他にも、大根とか白菜とか・・・そして、今年は裏の畑のミカンが豊作でたわわになってます。それも段ボール2個分ほど収穫しました。主人も楽しそうです。


翌日作った里芋だんごは、取り立てでねばりもあり大好評でした。ミカンは食べるだけでは、あまりにも多いので、果汁100%のミカンジュースを作ったらすごくおいしく、ペットボトル何本も作り差し上げました。ミカンの皮は陽に干して、袋に入れて湯船に入れます。


一昔前の私は忙しく余裕もなかったので、義母が野菜取りにおいでと電話が入ると憂鬱でした。そんなにたくさんもらっても使い切れないし、きれいにして分けて人にあげるのも面倒でした。でも生き方が変わるとすべてが変わる・・・実感です。今は義母が手塩にかけて作った野菜を、丁寧に使い切ることの心地よさが生きる充実感につながります。主人も来春から何か作ろうかなーと言ってます。


スーパーで野菜買ったり、出来合いのもので食卓に並べても(私も時々します)食事は食事です。でも手塩にかけて野菜を作る、それを使って料理することは、自己満足かもしれませんが、温かさが伝わるような気がします。確かにお店屋さんの野菜の方が美味しい時もあります。でも農薬を最小限に抑えた野菜は現代では貴重です。今更ながら、こんなことに気づき、少しずつ出来る今の生活がありがたいなと思っています。。