2009年9月

「心の元気塾」での話です。

今月も26日にありました。「歎異抄」についてお話伺ったり、色々たずねたりしています。

話が少しそれて、歎異抄9章で弟子の唯円が親鸞に「念仏をしておりましても、心が躍り上がるような嬉しさをおぼえない時がございます・・・・」と質問をしたら、親鸞が「そうか。唯円、そなたもそうであったか。この親鸞もおなじことを感じて、ふしぎに思うことがあったのだよ」と言っている一節があります。その話を例にとって、講師の先生が「念仏をいただく姿」について話されました。

法話を聞く時の主人公は講師じゃなく聞いている私自身。聞いている人に一言でも心に響く話があったらそれでよし。ウトウト眠くなって何にも覚えてない時は聞かなくていい時なのです。それを「今日のお話は良かった(つまらなかった)、おの先生のお話はいいの悪いの、今日は人の入りが多いの少ないの、今日はあの人来てないね・・・・・・」 そんなことは関係ないと思います。 元気塾も4年目に入ってこのメンバーは古参です。もし初めての人が来て、ウロウロしていたら、「今何頁!」なんてベテランの顔したらいかんのです。

その中の1人が言いました。家の人に何年聞いてても変わらんな・・・て言われたと。これも法話を終身の時間と勘違いしてみえてますね。確かに私もそう思って参加していました。しっかりメモもとって、「こんな時はこうやって考えたらいいのか・・・」など学ぶ気満点でした。でも、同じような内容の話を聞いても、聞く自分自身の状態によっても受け取り方・感じ方も違うでしょう。例えば、大病したり、連れ合いをなくしたり・・・色々な状況で思い方も変わるでしょう。

お話を聞くご縁頂いたことで御の字。ここへ足を運ばせて頂いたもの阿弥陀さんのお力、ウトウトしたら、「まあ、寝ててもいいやろ」という仏さんの計らい、フッと目が覚めてその後のお話の一節が印象に残ったとしたら、それも仏さんが起こして下さった・・・何か自主性のない話ですが、それぐらい気負わずご縁に当たる、仏さんの計らいを素直に受ける・・・これが「念仏をいただく姿」と言うことかなとおぼろげに思いました。

気負って「心の元気塾」をスタートさせた私たちの何か胸のつかえがとれたようなお話でした。

歴史を観る

今大河ドラマの「天地人」が佳境に入っています。ドラマが始まった時は、上杉と言えば上杉謙信、直江兼次―誰?・・・といったレベルでした。前回の内容は「関ヶ原の戦い」、誰もが知っている内容です。でもそれまでの出来事の中での、石田三成の動き、家康の動き、そして何よりも関ヶ原の合戦が「天下分け目の関ヶ原」と言われるように、これが第一目的の戦いと思っていました。でもドラマでは、家康はまず上杉征伐(なぜ上杉なのかも兼次の動きなどが影響しているようですが)、それが石田三成が兵を挙げたことで急遽、いざ関ヶ原となったのです。

このあらすじもフィクションの部分も多いにあると思いますが、このドラマを観て、説は一通りでないなと思いました。例えば、石田三成は茶々に取り入って天下を取ろうとする卑怯なイメージがありました。家康も彼の人生、60才頃まで忍耐の人、人生50年と言われていた時代に60才過ぎからの展開、エネルギーも持ち備えていたんでしょうね。伊達政宗や真田幸村との関わりもわかってきました。

そして通信手段が早馬しかない時代、会津で関ヶ原の合戦を知る、家康が関ヶ原にむかう・・・その通信も早いです。また、関ヶ原を20万人ほどの人が集結して戦う場所にしようと誰が決定したのだろう?歴史って、色々な角度から見ることで一層興味深いです。

知り合いのご主人が子供の頃からお城を見るのが大好きという人がいます。石垣を見ただけで、「・・城」かわかるそうです。歴史の本を読むのもお好きだそうで、その知識とお城の所々に書いてある説明文を各階じっくり読むと、より歴史のスペクタルを感じるそうです。

私も歴史物は好きです。これから「坂の上の雲」や「坂本竜馬」のドラマも始まります。楽しみです。

「誉める」

先日主人とテレビを観ていたら、たまたま50代の女性が20代に見える、そこにいたゲストも「うわー!」「すごい!」・・・絶賛。そんな番組をやっていました。それを観ていた主人がフッと言いました。「あんなのはいかん。自分でも美しいと自信持ちすぎ、あれであの人の成長は止まっている。中身が大事や!心が大事や!」

「そうやねえ~・・・」 (私)

「その点、アンタはいいわ」  「はあ~?」 (私・・美とは関係ないんかい?)

「ジャズや歌舞伎、アルフィー・・・と、好奇心いっぱい。料理もうまいし、愛嬌満点!」

何かと比べられて言われる時って、誉められているのか、けなされているのか分かりません。でも悪い気はしません。これだなと思いました。

先日も嫁いだ娘と話す機会がありました。彼女なりに頑張っているし多少の苦労もしている。話を聞いて、それは間違ってるとか、それは正しい・・・とか言うのも、実際の状況を知らない私がとやかく口出すことではないと思います。それよりも、彼女のいい所を言い続けることだなと、主人の話を聞いて思いました。「頑張れ!」というのも、頑張っている人には逆に重荷になります。

「励ます」というのは、言っている自分が心地よくなっていてはいけないと思います。相手の心の置き所をちゃんと見て、その時々に応じて適量の誉め言葉・・・そんな才覚がいるんですね。

幕の閉じ方

これは人生の幕を閉じる(=死)事ではありません。でも老いていく内に1つずつ出来なくなってくることが出てきます。「出来なくなる→やめる→幕を引く」ということですが、それをいつ、自分が引くかです。

私の回りには人生の先輩がたくさんいます。元気な人が多いです。「生涯現役!」と言って、バリバリ仕事している人もいます。でも生涯現役のままでコロッと死ねる人はひと握り。ほとんどの人には、長い長いとてつもなく単純な毎日が待ってます。それは、70才頃のバリバリの自分と比較して、情けなくって寂しくて・・・こんな思いが波のように時々押し寄せ、自分でどうしようもないくらい落ち込んでしまうのです。

ではそうならないために、どうしたらいいか?・・・自分の幕は自分で引くのです。それも少し早めに。回りが「何言うの?まだまだ元気やない。もっと頑張ってもらわんと―」。そんな甘い言葉に「そう・・・?」とご満悦になってはいけません。「いいや、今が引き時。後は頼みます。」と颯爽と引くのです。

これは仕事ばかりではありません。主婦の座を嫁に譲る、よく行った海外旅行も「これは回りの人に迷惑をかける、足手まといになる」と思った時が引き時です。見渡せばいっぱいあります。

そんな事したら却って寂しくなって元気なくしそう・・・そう思う人は今にしがみつき過ぎです。今の状態にしか幸せを感じられない。もうすぐ「あれもできない」「これもできない」という自分がやって来ることに直視していない人です。自分から幕を引けないということは、回りに言われて引くか、出来ない状態(体調)になって引く―こんな人が前述のみじめな波が押し寄せてくるのです。

自分から引きましょう。今やっていることなら当分出来るでしょう。でも先の事を考えたら、これも始めな・あれも始めな・・・冬眠の準備をする動物のように、老いの仕度を始めないといけません。3年後・5年後・10年後・・・その時になって出来ることと出来ないことをちゃんと選択して、何をしている時自分が生き生きしているか、しっかりシミュレーション持って、卒業とスタートを見きわめる事です。思い描いた通りにならないかもしれません。例えば病気になったりして・・・でも、常にこんな事を考えている人なら、何か新しい道が開けてきます。バイパスのように。でも、何も先の事を考えないと、そのアイデアも浮かびません。先にあるのは「嘆き」だけです。

「還暦」とは、上手く作ったなと感心します。もう一度スタート台に立たせてもらえるチャンスです。「第二の人生」って、意外に長いと思います。

土を木を愛おしむ

今日は別院婦人会で、彼岸前の桑名別院のお掃除を25名程集まって行いました。正直私自身あまりお寺さんのお掃除に参加していません。でも黙々と本堂の濡れ縁や桟、てすりや雨戸を5、6人で拭きました。誰かが言いました。「無垢の木を拭くことも最近はないよね」・・・古い古い木です。あんまり雑巾を固く絞るとすぐにカスカスになります。じっくり木を見ながら拭いていると、痩せている木から長い歴史を感じます。私の祖母も別院婦人会に入っていました。「何十年前、おばあさんもここを拭いていたのかな?」・・・そんな事を考えると、掃除が楽しくなってきました。

境内や書院の庭などの草取りにも皆さん余念がありません。私も後半は草取り。見ていると農家の人の草取りって、ホントにきれいに取るのです。それが、ただ雑草を取るという感じでなく、土を大切にしたいから、要らない草をとる、土との向かい方が違うように見えます。何十年も畑で土を相手に黙々と農作業してきた、お母さんたちの生業、プロの姿勢です。そんなことを感じると、草取りが楽しくなってきました。

間でお茶とお菓子で一服しましたが、1時間半もすると本当にきれいになりました。やはり仕事は大勢です。50代~80代の人が、自分の体調に合わせて一心にお寺のお掃除。帰りがけに「あー、きれいになったね。気持ちもええわ!」 その場に居た人の同感という表情が印象的でした。

私も思いました。もちろんお掃除したことが、スッキリ感につながると思いますが、本堂の縁を拭きながら木を愛おしむ、草取りしながら土を愛おしむ・・・これが本来の生活のベースであり、健康に続くんだと。今度は報恩講さんの前にもやろうということになりました。この輪も少しずつ拡がっていったらな・・・

陶芸初体験

今年結婚した娘のダンナさんが陶芸家というご縁から、私も6月から仲間を集めて月に1・2回陶芸を始めるようになりました。工房が四日市郊外の坂部という所にあって、周りに木が生い茂って民家が見えず、初めて伺った時は、梅雨の雨上がりで緑が鮮やか、紫陽花も満開で、そこに来ただけで気持ちまで爽やかになる感じでした。

陶芸は初体験。初っぱなから、ろくろに挑戦です。見ているといとも簡単に出来上がりますが、見るとするでは大違い!自分の重心がちゃんとろくろの真正面にきていないと、回りながら形は段々変形していったり、円盤のように飛んでいったりします。失敗をしながら何度も挑戦、自然と真正面に重心を置き、薄くするための指の力の入れ方にも細心の注意を払います。こんな時って、本当に無心になれるのですね。そして、ろくろは私が力を入れた通りの形を作っていきます。大きくしたり、お皿のように広げたり、薄くしたり・・・こちらの意のままに形作られるろくろにも感激します。

もう1つ、土をいじっている感触、子供がどろんこ遊びが大好きな気持ち解る気がします。土って、「土から芽が出る」とか「土に帰る」とか・・・ベースなんですよ。その土に触れていると心が安まる様な気がします。ホッとする温かさがあるのです。

先日は「たたら作り」という製法をやりました。色の違う2種類の土をマーブル状にこねて、丸や四角の固まりを作って、食パンを切るように同じ厚さに切り、型で深さの丸みを作ったり。これはこれで、ろくろのような緊張感はありませんが、土いじりを楽しむ感覚です。

つくづくご縁の不思議さを感じます。娘が彼と結婚しなかったら、私もこんな風に陶芸を楽しむ機会はなかったでしょう。親しい仲間と陶芸を通じて輪が広がっていく楽しさに出会うこともなかったでしょう。

  『Enjoy my life!』 です。

歎異抄拝読

今月の初め、市内にある法盛寺さんの夏期大学で歎異抄拝読という役を仰せつかりました。今年で39回目という夏期大学、ご法話の始まる前と終わった後、それぞれ1名ずつ、歎異抄の中から自分が選んだ章を阿弥陀さまの前で拝読するというものです。

それまで「歎異抄」そのものは知っていました。親鸞聖人の教えを弟子の唯円が書き綴ったと云われるものです。でも古典に弱い私はそれを解説された文でさえ理解しづらく、なかなか手に取る機会はありませんでした。

でもこのお役を引き受け手から、まずどの章を読むか決めなくてはなりません。一番短い文章をとも思いましたが、それではおまりにも能なしで、やはり内容が共感できるものにしようと、まず五木寛之の「私訳歎異抄」を買ってきて読み、第1章に決めました。

偶然にも、毎月行っている「心の元気塾」でも7月から歎異抄の勉強を始めており、8月には第1章をバッチリ勉強した後でしたので内容も把握できました。舌を噛みそうな古文も1ヶ月以上毎日読んでいたら、案外スラスラと読めるようになりました。

当日、仲間のコーラスをバックに阿弥陀さまの前に進みます。普段本堂の阿弥陀さまのあるお内陣はお寺さん以外は足を踏み込んではいけない場所です。私たち業者のものが上がる時も、勝手には入ってはいけない聖域です。そこにしずしずと進み、合掌礼拝して歎異抄の拝読・・・失敗せず読み終えた安堵感とその内陣にいる自分・・・何とも言えない幸せな一時でした。

拝読をお願いされた時は、「ええーっ?面倒だな・・・」と内心思いましたが、何でもやるものです。ご縁あることは受けて立つことです。もちろんその為の練習も必要です。でも、だから得られる達成感・思いの充実感、これは本当にいただくものじゃなく、いただけたものです。これからも、1つ1つご縁を大切に生きていきたいと思いました。

足るを知る

数日前も母が「背中を痛い、今日が一番痛い!」と日々更新。医者からも病気でなく仕方がないと言われます。母も我慢ができない性分。父や私は又かと、狼少年を見るような感じです。

たまたまそこに居合わせた息子がその様子見て言いました。「僕らだって、一日寝ていたら背中は痛い。運動不足もあるぞ。見てみい、おばあの知り合いの××さんや××さん、手押し車や杖ついてでも三八にはちゃんと出てきとるぞ。えらても一人暮らしやから買い物も必要やし・・・でもだから元気なのかもしれん。おばあももう一回全部自分でやってみるか?」  (母)「そんなんかなわん。いや」 (息子)「なあ、だったら、おばあはこうやってご飯用意も洗濯もしてもらえる、そして痛いと言える家族が一緒に居る。その事に感謝しよ。やってもらえるから運動不足もあって痛いかもしれん。痛いと感じる時は、『幸せなんや』『幸せなんや』と思い方を変えてみよ」

これには母も納得。聞いていた父や私も妙に納得しました。「こんなに言うてくれるのも孫なればこそ」・・・涙さえ浮かべていました。でもその翌朝には「点滴うちに行く。楽になるかもしれん」・・・  心に何も引っかからない母です。

「足るを知る」とは難しいことです。こう思うのは当たり前、普通やろー母に限りません。先日聴いた法話でこんな一文がありました。

  『ちょうど良い』 (真宗入門)

    お前はお前でちょうどよい   顔も体も名前も姓も   お前にそれはちょうどよい。 

        貧も富も親も子も息子の嫁も   その孫もそれはお前にちょうどよい。 

    幸も不幸もよろこびも   悲しみさえもちょうどよい。 

    歩いたお前の人生は   悪くもなければよくもない   お前にそれはちょうどよい。

    地獄へ行こうと極楽へいこうと   行ったところが、ちょうどよい。  

    うぬぼれる要もなく、卑下する要もない   上になければ下もない   

        死ぬ日月さへもちょうどよい。   仏さまと二人つれの人生   ちょうどよくないはずがない。

    これでよかったと、いただけた時   臆念の信が開かれます。   (前田五郎松)