2009年11月

老いを見る

昨日母が玄関先で転倒しました。幸いどこもケガはありませんでしたが、本人は非常にパニクリました。転んだまま、うつ伏せ状態で、手足をバタバタさせ、どう起きあがっていいか解らないし腕に力もはいらない。父と2人で部屋へ抱きかかえて、しばらく安静にさせたら、又じっくり起きあがって、そこで昼食をとりました。食欲は変わらない(これが又私には?) その後も立ち上がるのにも時間がかかり、腕をもって部屋へ連れて行きました。その後もトロトロ眠ってばかりで、夕方もちょっと顔がむくれているし、しゃべり方もノロノロして聞こえす。

 

今まで母は症状以上にオーバーに私たちに訴えていたので、「また~」とか「大げさ!できるできる」と言って接してきました。でも昨日の出来事は「こうやって、1つずつできなくなっていくんだ」ということを痛感ましした。何か病気を持っている場合の方が、やむおえないと受け止めれるかもしれません。多分本人もこんな事がある度にどうなっていくのだろう・・・という不安がいっぱいだと思います。でもこういう事にも慣れて対処していくことが、老いを看取るということなのでしょう。

 

先日70才前後の3組の夫婦とおしゃべりしていた時、いつ死んでも悔いはないとか、病気になったらコロッと死ねると皆さん思ったいます。偶然その3組とも新家さんで年寄りと生活をした経験のない人でした。この人たちが母のような状態になった時何を思うか・・・?その時、日々老いていく姿を見、世話をした経験というのは、自分自身の生き方にも無駄にはならないと改めて確信しました。

夫婦の行く末

裏の堀沿いの遊歩道を毎日散歩する年配のご夫妻がいます。2人とも80代でしょう。杖をついて足の悪い奥さんの歩調に合わせてゆっくり歩き、いつも同じベンチでひと休み。楽しそうにおしゃべりしてみえます。私はその姿を見る度に、ウチの両親もあんな風になってくれたらいいのにな・・・いつも思います。

 

私の両親は2人とも健在で、父は85才、母は84才です。父は怪物と言われるほど元気、この歳まで入院するような病気1つしたことなく、いつも趣味や役職で京都や東京へも行きます。母も病気はないんですが、老衰からくる症状を病気と思い、1日に10回は熱を計りやれ風邪だ熱が背中に回ったと、我慢のない人です。70才過ぎまで店にいたせいか、元気でいる自分以外は認めたくない、老いを受け入れられない心が病気を作っていうように思います。自分の元気なエネルギーを少しでも母に注いでくれたらと思いますが、母も自分のことしか頭になく父にもあることないこと言うので、父もそんな母にねぎらいの言葉をかける気もないみたいです。

 

「死」という別れはすべてを美しい想い出にしてくれます。許せます。                       よく敬老の日に夫婦揃って長生きしていると、なんておめでたいと世間さんは言いますが、あれは現実を知らない人の言葉です。(先述のご夫婦のようなパターンもありますが・・・) 何故、ウチの両親が仲睦まじくなれないのか・・・考えてみました。

 

夫婦の会話が少なかったせいだと思います。本当に2人向き合っていなかったと思います。50年以上一緒に商売をしてきたし家族も多かったので、とりあえずは賑やかな家族でした。両親も仲良くしていました。でも心の話はしていなかったように思います。自分たちが隠居できる年代になった時、自分はこう思っている。おもえはどうなんや?・・・そんな会話はなかったでしょう。又、そういう話を真剣に話せるタイプの母ではありませんでした。深く考えるクセが母にはありませんでした。65才で商売を引退し自分の趣味の道を見つけた父と、70才過ぎまで店が唯一の生きがいという母は段々離れていきました。(真の会話がないままという事です)・・・その夫婦のなれの果てが、今の両親の姿です。

 

やはり夫婦の生き方に関わる話は60才近くなったら絶対必要です。女性は言いにくい場合もあるかもしれませんが、しっかり考えちゃんと話すべきです。最後の幕をどのように生きたいか話し合う、時には訂正があってもいいでしょう。それが歩み寄りです。昨日11月22日は「いい夫婦の日」です。秋の夜長、美味しいお茶でもいれて、ゆっくりおしゃべりタイムです。