ご紹介コーナー

五大恒例 高野山参拝旅行

今年24回目になる高野山参拝旅行、毎年この時期の恒例行事です。

1年の間にご契約いただいたお客様にご案内、参加費として¥15, 000いただきますが、

お帰りにはしっかりご満足いただくよう、社員一同 「ハートワーク、フットワーク」で

接待に当たります。参加費とおみやげ代以外はお金を使うことのないよう、

バス中では、飲み物も各種(アルコールはもちろん、コーヒー・昆布茶・ヤクルト・

オロナミン‥)、食べ物もお菓子から、おつまみ・果物‥もう食べぜめ状態です。

行き先は高野山のみ、ゆっくりした行程です。

金剛峰寺・壇上伽藍・奥の院を2日間かけて訪ねます。

地元の案内人が詳しくおもしろく説明してくれます。(団体旅行の良さですね)

もう24年間五大担当の案内人もいます。

宿泊は「上池院」という宿坊。お寺のお宿ですが、設備も充実しています。

精進料理ですが、お刺身も少しあり、「般若湯」といいますが日本酒もあります。

夜は80名での宴会、お楽しみ抽選会もあって 盛り上がります。

帰る頃には、社員だけでなくお客様同士も仲良くなる、ほのぼのとした旅行です。 

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親からのメッセージ

「泣ける歌」というテレビの歌番組がありますが、半月以上前たまたま見ていたら、樋口了一さんの「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」という歌がありました。彼は作曲家でいろんな人の歌を書いています。この「手紙〜」は倒れて少し気弱になった父親を見舞いに行った折、その枕元にあった詩(作者不詳)で、それに曲をつけたそうです。その詩をご紹介します。


年老いた私が ある日今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解してほしい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守ってほしい
あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいてほしい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた
悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へ
励ましのまなざしを向けてほしい

楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出してほしい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った懐かしい日のことを
悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げてほしい

いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったなら
あなたがか弱い足で立ち上がろうと 私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせてほしい
私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないでほしい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていてほしい
きっとそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに 私がしっかり付き添ったように
私の人生の終わりに 少しだけ付き添ってほしい


どうですか? 何を思います?
介護する側の大変さはよく話に聞きます。
でもされる側の、変に遠慮しない、素直な思い・・・ジーンときます。
自分が赤ん坊だった頃、まだ小さい子供の頃、覚えてはいませんが、どんな風に育てられたか想像はつきます。色々やってもらった。世話かけた。確かに老いて出てくる現象は、赤ちゃん戻りしていくと言います。この詩を思い出すと、親を暮らしていて、大変だ、面倒だと思っている自分に、ちょっとやさしくしてあげなきゃ・・・という思いが湧いてきます。

自分の居場所って?

あるお寺のコーラスの練習に、先日行ってきました。
ここでは、ご住職がみえる時は、ご法話をして下さいます。
きょうは「居場所」っていうお話でした。


「自分の居場所はどこだ?」と思う人って、案外多いと思います。お年寄りに限らず、お父さんや子供たちも…。大きな立派な家に住んでいても何か寂しい、する事がない、空しさです。子供も母親の思い通り育たないと「ウチの子じゃない」と叱られる、学校へ行っても、友だちに合わせたり、先生の目を気にしたり…。お父さんもマイホーム建てて、頑張ってローン返して、やっと定年になったのに、家でゴロゴロしていると奥さんから「今日もウチ?」「どっか行かないの?」…


居場所というのは、人との関わり合いがあって成り立つことが多いです。もちろん畑で野菜作りをしたり、趣味に夢中になることも自分の居場所です。でも「ここも自分の居場所だ」と思える一瞬がいろんな機会に持ってもらう、寺もそんなお手伝いがしたい・・・こんなお話でした。ご住職は居場所を作ってあげようという立場でのお話でした。それは親や先生が子供を見る時も必要な事です。でも、私は最終的に居場所は自分で捜すもの、自覚するものだと思います。


1人野菜作りをしたり、お団子屋のおばあちゃんでしたら、死ぬまでそれでいけます。でも人が寄って成り立っている場所では、時の経過と共に、中心になる人が変わってきます。もちろん体調も年齢による影響も大きいでしょう。状況を体調を自分がちゃんと見つめ自覚しないと、「なんで…?なんで…?」と思ったり、何か寂しさや空しさを感じる時もあるでしょう。
  ・自分の居場所を思っていたのに、何か違う。
  ・今までと同じようにやっているのに、何か空しい。
これは、現実の状況と自分との思いのズレが原因だと思います。


自分の気力や体力をしっかり見つめ、できる事を自分で捜す。自分のステージを小さくする。自分のポジションを中心から端へずらして、大らかな目でみるようにする・・・自分のすべき事を棚に上げて、「誘ってくれない、やらせてくれない…」そんな風に他人のせいにして、自分を解ってない、そんな人にならないよう色々考えてます。

『ようこそ、お寺へ』

昨日、市内の法盛寺というお寺さんで心あたたまるコンサートがありました。
ダウン症のピアニスト、越智章仁さんの演奏とそのお母さんのお話です。
ダウン症というハンディはあるものの、才能を見出し育て育てられたお二人の姿にすばらしいと私たちは思いますが、お母さんはこうおっしゃいました。障害を持つ人は、昔なら20才位までの寿命と言われました。今では50か60才と言われます。でも、歳をとるのも速いような気がします。(章仁さんは31才ですが・・・)
お母さんは常に冷静に物事を見てみえます。失礼ですが、障害をもつ人としてはある意味脚光を浴びてます。だけど楽譜も読めない息子と二人三脚でいつまでできることやら…というお話を伺った事があります。このお母さまは今の幸せをしっかり見つめ、1つ1つの機会を大切に受け止められています。


章仁さんが9歳の時、お父さんが病死されました。それからのお母さんは必死だったと思います。でも30年余り過ぎて、確かに今も将来に対する不安や心配はあるでしょう。でもあの方たちは(今日はリコーダーを演奏する太田君も競演で3人です)、悲しみの涙もいっぱい流したと思いますが、今日のような感動の涙もいっぱい経験されたことでしょう。お寺の本堂というステージのせいか、又彼らが演奏の前も最後も、ちゃんと阿弥陀さんにお参りする姿を見て、この人たちは阿弥陀さんの膝の上にいらっしゃるような気がしました。そんな深いあたたかさが、私たちにも伝わってきました。帰り一緒に行った友人が、「小学3年生の娘の言動に手を焼いていたけど、母親として自分の姿をもう1回考えます」と言っていました。


法盛寺さんの『ようこそお寺へ』は今年から始まり、今日が2回目です。お若い人も含め多くの方にお寺に足を運んでほしい。宗教的な制約をできるだけ緩めて、心を考える機会を持ちたいという思いでスタートされました。来て下さる人が多い少ないは関係ない、そのご縁を大切にしたいという思いだそうですが、今日は本堂一杯になりました。やっぱりうれしいです。

仏壇はいつ買うの?

私の通っている病院は養老町にあるのですが、ちょっとユニークで、内科の他、漢方・「痛みの外来」「Non病外来」・・・いろいろあり、2ヶ月に1度、「フナクリ通信」という広報誌も出されてます。その中に、院長先生ではないですが、もう1人の先生が書かれた文章が「仏壇」というタイトル。ちょっといい感じだったのでご紹介します。

仏壇をひとつ、見繕っていただけますか?
立派なものでなくてよろしいです。いえ誰かが亡くなったというわけでは
ありません。
強いていえば、これから亡くなるというか。
思えば、たくさんの方々にお世話になりました。
して差し上げたことよりも、していただいたことの方がずいぶんたくさんです。
誇れることよりも、恥ずかしいことの方がずいぶん多い、そんな人生でした。
それでもこの身に余る、私にしては充分な人生でありました。
そのことを、ただ感謝したいのです。
私の望みはただ一つ。感謝の気持ちを天に届けたい。
ほかに何も望みません。
良く生きることも、良い死も、誰かのしあわせも。
ただただ念仏を唱えます。つたない念仏ですが、一生懸命唱えます。
そういう気持ちで、仏壇を求めに参った次第です。


「仏壇はいう求めたらいいかわからない」
「何にもないのに買ったら行けないそうで…」
―お店にいらっしゃても、そんな事を言われる方もみえます。
仏壇買ったら何か悪いこと起こるんですか?
逆に、私共の方がおたずねしたいぐらいです。
前述のような先生の思いを読むと、なんだかすごくうれしくなりました。

象の背中

「象の背中」という映画を見ました。余命3ヶ月という診断を受け、手術や延命治療を拒否し、自分の納得する生き方で最期を迎えるというストーリーです。ドラマにはよくある内容、設定や展開もドラマならではという箇所もあります。(愛人の存在)でもおもしろいなと思ったのは、病人本人に焦点を合わせていることでした。家族みんなで頑張る看病の姿はドラマにはありますが、家族の感情はあまり深入りしてません。サラッという感じです。それが又今井美樹の奥さん役とピッタリ合ってます。


なぜそこに興味持ったかというと、ガン告知も今では当たり前になってきましたが、余命○ヶ月というのは、今でも言いにくいし聞きたくない。だから本人が「もう私ダメかも・・・」と言えば「何言ってるの、治る治る・・・」って言葉をにごして「死」と直面することを避けたい思いは誰にでもあると思います。でもそれは「死」「別れ」というつらいつらい現実から逃げているだけ、いつかはある「死」にちゃんと向き合えば、別れるまでの時間はもっともっと充実したものになる。


生きている内にしか言えない、伝えれない事はいっぱいあります。そして残された人にはそれが今後の糧になることもあります。亡くなるまでの数ヶ月を「だまし」「だまされたふり」で終わることの無意味さ・・・でも人はそんなに毅然と死を迎えれるものでありません。ドラマの中でも主人公は実の兄の前だけ「死ぬことはこわい、別れたくない・・・」自分の気持ちを吐露します。


私自身えらそうな事言ってますが、家族に自分にそんなことがふりかかったら、どう対応するか自信ありません。でも「死生観」は人の話を聴いたり、本を読んだりして持つ方がいいなと思います。そして何よりも回りに人がいないとダメです。愛する家族・友人・・・。 その人たちがいるから、「別れ」がつらくなるのでしょうが・・・

それも、年齢が50代・60代・70代・・・となれば、自分も回りの思いも変わるでしょうね。

♪しゃぼん玉♪

 しゃぼん玉 飛んだ     しゃぼん玉 消えた
 屋根まで 飛んだ      飛ばずに 消えた
 屋根まで飛んで       生まれて すぐに
 こわれて 消えた      こわれて 消えた
       
     風 風 吹くな  しゃぼん玉 飛ばそ

誰でもご存じの童謡です。 作詞 野口雨情  作曲 中山晋平
この歌の誕生の裏に悲しいエピソードがあることを、昨日お参りに伺ったお寺さんでいただいた小冊子に載っていました。心をうつ文章だったので、そのままご紹介させていただきます。


野口雨情という童謡詩人をご存じでしょうか。
皆さんも良く知っておられるたくさんの童謡をつくられています。
「七つの子」  「赤い靴」  「兎のダンス」  「青い眼の人形」・・・
雨情の時代はテレビもラジオもありませんでしたから、彼は童謡を普及させるために、歌手や作曲家と共に日本中を旅しました。そんな彼が、徳島の町へ旅に出かけた時のことです。徳島の宿に着くと、彼のもとに一通の至急電報が届きました。その電報は、雨情が非常に可愛がっていた幼い娘が、流行りの病で急死したという知らせでした。彼はその電報を握りしめると、どしゃ降りの徳島の町を走り回ったそうです。居ても立ってもおられなかったのでしょう。


一説によれば、その悲しみのすべてを込めて、後に書いた歌が『しゃぼん玉』という歌だと伝えられています。「しゃぼん玉飛んだ」のしゃぼん玉は人のいのちです。「屋根まで飛んだ」の屋根は、人間の寿命でしょう。二番の「生まれてすぐに こわれて消えた」というのは、幼くしてこの世を去っていった自分の愛娘のことではないでしょうか。

   わが子よ。
   生まれてすぐに消えたわが子よ。
   父さんは、おまえが可愛かったよ。
   それなのに、どうして・・・。


「人は皆、無情の風の中を漂うしゃぼん玉のように儚いいのちを生きているんだ。だからこそ、今のいのちをいとおしんで生きなさい。必ず別れてゆくんだから、今の出会いを大切に、大切にして生きなさい。生きても死んでもあなたを捨てないという阿弥陀さまをたのみなさい。そして、お浄土といういのちの行方を聞き定めておきなさい」


どうでしょう? 私はこの歌の簡単なやさしいやさしい歌詞の中に、大きな大きな思いを感じれるようになりました。。

                 

文化を受け継ぐということ

昨日、前から行きたかった京都老舗のある料理旅館の「ミニ料理教室とお食事会」に行きました。ミニなんてとんでもない、先付・椀物・蒸物・揚物・炊合・焼物・汁物・御飯とフルコースです。それも2時間近く丁寧に、料理法はもちろんその食材の扱い方など、色々教えていただきました。食材・手間のかけ方・盛りつけやその器・・・日本料理は奥が深いです。それが終わると2階のお座敷に通されて、先程と同じメニューでお食事会です。作り方を見た後だけに、おいしさもひとしおです。


お食事中、時々ご主人がみえてお話しされます。食文化を広く伝えていきたいという思い、そして食育。地元の小学生を招いてお話されるそうです。高学年には昆布と鰹節のおいしいお出しを味わってもらって、「慣れ親しんだ味」を復活したい、季節の野菜を料理して季節感を感じてもらう。低学年には、少々残酷ですが、目の前で生きた魚を料理して食べてもらう。「おいしいでしょう?でも魚だけじゃない、牛も鶏も野菜も皆いっしょ、だから食べる前に手を合わせて"いただきます"するのは当たり前やね?」


私はお料理だけじゃなく、ご主人のお話にも感動しました。お店の経営としての企業努力も必要でしょう。でも老舗中の老舗7代目のご主人が、こういった形でご自身の職を通して世の中に貢献してみえる、本当に体にも心にも栄養をいただいた1日でした。


他にも、本堂でコンサートをされたり仏教讃歌のコーラス活動をしているお寺さんもみえます。きっかけは音楽であっても、まずお寺に足を運んでもらう、歌の好きな方が仏教讃歌を口ずさむ、その歌詞をとおして、命・心・・・それぞれに何かを感じてもらう。そんな思いでコツコツと続けてみえる姿、共通の信念を皆さんから感じます。


話が全然外れますが、マスコミで国が財政負担といいながら、公務員の横領や自分たちの利権の為の事業など、次から次へとどこまでつづくのかとウンザリするほど報道しています。ここまでくると、国のシステムや法律の問題だけではない、人ひとりひとりの常識良識のレベルの問題です。お役所のこととなると、個人に危害を与えていないからか、なぜか罪の意識が軽いような気がします。もっと厳しくしてほしい。


でもそれ以上に、そんな人種が少しでもなくなるよう、人間らしい教育・環境が大切です。私なんか思ってばかりですが、具体的に実行されている先述の方たち、素敵だと思いませんか!

中村久子さんって、ご存知ですか?

10月30・31日、桑名別院婦人会の研修旅行に出かけました。お天気にも恵まれ、秋の色濃い飛騨路を1日目飛騨古川、2日目高山に向かいました。飛騨古川では野麦峠、女工哀史で知られる「三寺参り」に縁のあるお寺をたずね、高山では、高山別院、そして中村久子さんの檀那寺である真蓮寺を訪れました。


中村さんは4歳の時、突発性脱疽(高熱のため肉が焼け、骨が腐っていく病気)で両手両足を切断しました。関節もすべてです。父上も心労も重なって、早くに亡くなり、母上の再婚先で、学校にも行けず部屋に閉じ込められた状態で何年も過ごしました。しかし、その間も、母上や祖母や「出来ないことはない、やらないから出来ないのだ」と厳しく久子さんを躾けます。何年もかかって、筆を口にくわえたり、頬と肩の間にはさんでの書道、着物をはじめ、お人形作り・レース編みなど、どれも見事なできばえです。出来ないのは、着物を着ることと髪を結うことと言われるぐらい、出産・子育ても含めてやりきった方です。彼女の作品が展示されており、一針一針、一筆一筆、その重みが私たちに感動を与えます。


私たちが訪れた真蓮寺のご住職が、その中村久子さんの様子・語りを詳しくお話して下さいました。これは彼女の言葉です。「現実を引き受けたところにしか真実はない、現実を引き受けたところにしか幸せはない、現実を引き受けたところにしか本当の悲しみや苦しみは解らない」「物質的満足だけでは心の満足は得られない」・・・日々体を使う精進の中、ご自分の心を見つめ続けます。そして信仰の心が深く深く宿ります。


私たちはお話を聞いて「偉い人やな」「私ならようできん」・・・こんな事を思ってしまいますが、久子さんがご自分の身体・人生をはって私たちに訴えていることは、そんなことではないでしょう。久子さん作の一句です。「過ぎし世に いかなる罪を犯せしか 拝む手のなき 我は悲しき」


拝む手を持ちながら拝むことができないでいる世界と、拝む手が失われているのに全身で拝む世界を発見した人・・・環境も物質的にもどんなに恵まれていても満たされない人、世間が言う不幸な状態にあっても幸せを感じれる人、これは自分自身の心の有様、見つめ方だと思いました。

ご法話ー2−

昨日聞いた法話をご紹介します。これも私なりの受け取り方で、文章書いてますので、話される方とのギャップはご了解下さい。


最近ちまたに起こる事件、親が子を、子が親を、そして仲良かった友達を、また全然顔見知りでもない、たまたま通りががった人の命まで奪うような、心の荒んだ事件が頻繁にあります。どうして、どうしてこんな世の中になったんでしょう・・・?


ご住職はお話を続けます。日本中が大事なまなざし、大事な尺度を忘れかけている。それは、
 「もったいない」 (勿体ない)
 「お陰さま」
 「お互いさま」
 「仕舞うていきなさった」(しもうていきなさった)

この言葉は、生活・体にしみついた言葉です。こういう言葉を最近聞かなくなりました。それは、学校教育の変化です。次のような言葉はよく耳にします。
 「がんばって」
 「何でもできる」
 「お金・ものが豊になって、しあわせ」
これは、すべて人間中心主義の発想であり、私が頑張れば、何でもできる、そして、お金や物が豊かになって、私は幸せになるという、自己中心主義になっていきます。この世に誕生することも、この親の元に生まれることも、何1つ、自分のはからいでできることないのに・・・です。


「勿体ない」の勿体=物体です。例えば、米が口に入るまで、88人の手にかかっていると言われます。だから、1粒も残さずいただこう、その大事さを知らないことを「勿体ない」と言います。

「お陰さま」は、もののもう1つ裏にある心を言います。今私がここにあるのは、多くの人のお陰で生かせてもらっているということです。

「お互いさま」は、たとえば、「先日は○○していただいて、ありがとうございました」と言われた時、「いいえ、お互いさまです」という言葉が返ってきたら、すばらしい人間関係が生まれます。この心を見失うと、自己中心主義になります。

地方の方言ですが、「仕舞うていきなさった」とは「亡くなった・死んだ」ということですが、死んだというと味気ないですが、この仕舞うという字から伺えるように、いただいた命を全うして、み仏の元に帰られたという意味あいがあります。

仏教の底辺には、こうような言葉・考え方がふんだんにあります。今の世の中こそ、見失いかけたものを改めて見つめ直して、次に伝えていくことが大切なのではないでしょうか。

ご法話ー1−

昨日、桑名別院婦人会報恩講があり、輪番様がお話しされました。内容をご紹介します。但し、いただいたプリントと私のメモ、受けた感想も入っての文書ですので、その旨ご了解下さい。
浄土真宗のお立場からのお話です。


よく「自力」とか「他力」とか言いますが、「自力」とは、我が心、我が身、我が力に頼るものです。しかし、その身も力も病や老いに出会うことで衰えたり、心もその状況で迷ったり戸惑ったりします。その元となる考えは、自分たちの人生、自分の思い通りいくことが全てで、予定通りにいくことを善、いかないことを悪と考えます。そして、予定通りいかないと、何か原因があると考え、「何とかせんといかん」と思います―この思いを仏教で「魔」といいます。ですから、お祓いを受けて無病息災、お守りを持って無事故、壷を買ってお金が儲かる、又、祟り(タタリ)の霊・守護の霊…そんなことに右往左往します。

魔に呼応していく私達の意識構造を、親鸞聖人は『罪福心』と教えておられます。罪福心の「罪」は自分にとって都合悪いこと、「福」は自分の思い通りになることです。これは人間である限り誰にでもあります。節分に豆を蒔きながら言います、『鬼は外、福は内』、これは本当に罪福心の現れです。でも、そんなに上手い具合に人生いきませんよね。


でもこれで本当にいいのでしょうか?ごまかして、目をそらして、気楽に生きたい…これって何一つ解決していません。正面から何事も(病も老いも災いも)あるがままに受け入れる、しっかり頂く人生にするためには、自分一人の力ではなかなかできません。ゆらぐ自分の根性を気づかせてもらうには、仏法に出会う、仏法に聞くしかないのです。『経教(経本の教え)は鏡の如し』と云い、一番見にくい自分、いい加減な生き方をしている自分を示してくれます。仏法を聴き続けることは、生涯常に私自身の有り様を聞き続けることです。


午後の座談会で、会員のおばあさんが円座の中でお話を始めました。そのおばあさんはご主人と息子さんを戦死で亡くされてます。別院にご縁をもたれて30年近く、ご法座にもだいたい参加し、週に1回は境内のお掃除をしていました。5月に体調をくずされ先月まで入院してました。そのおばあさんはこう話始めました。「生きていくことは苦です。でも別院さんにお参りに行きたくて行きたくて、今日も家族が心配しましたが、どうしても来たくて、来させてもらいました。どうぞ皆さんお寺さんには、あの人も来てるからとか連れてこられて来るんではなく、自分の気持ちで来て下さい」と・・・


お寺に出入りしていると、「ありがたい、ありがたい」とよく口にする人はいますが、開口一番「苦」ですと言う人もめずらしいです。でも私は心をつかれました。あれだけ、お参りしたり、ご奉仕したりすると、これで私は幸せ、幸せになれるとかけひきしてしまします。でもそのおばあさんには、そのかけひきがない。
あっぱれです。このおばあさんこそ、仏の智慧を聞くことで、文句云わない、後悔しない、そして堂々とした生き方をしているのではないでしょうか。

心の元気塾

今月の「心の元気塾」は8月9日にありました。ご住職やメンバーとも随分気心がうちとけて、リラックスしておたずねできたり話し合ったりする雰囲気になりました。

今回は、親鸞が師と仰ぐ法然、そして「浄土宗」「浄土真宗」のお話から、日常の事と照らし合わせて具体的に話していただきました。話の流れから、「三帰依文」の話になりました。お東では法座の前に、皆さんで唱和しますが、私なんかちゃんとした内容を解らずして唱えてます。ですから、ダイジェスト的にですが内容を教えていただき、何かスッキリする思いがしました。


その日から6日経ちました。お盆中来客もあったりしてバタバタしてました。さあ、このブログにご紹介文を書こうとパソコンを開き、自分でメモしたノートを見ても、「アレッ、アレッ…」このメモ何のことだったか、前後の状況が全然覚えてないのです。確かにノートには色々な事が書いてあるのですが、実際ご住職の話を聞いていた時は、「そうだよなー」自分も頷き、共感していたことが何だったのか、文章で書けるほど整然と覚えていないのです。


だから「聴聞」というのは、聴いて聞いてなんでしょうね。忘れることもあり、引っかからないこともあり…でも法話きけるご縁を多くもつことが大事ですね。ついついこういうことに見構えてしまう自分に、リラックス、リラックス。知ってることより、そんな自分になることが大切なのですから。

心の元気塾ー7月ー

1ケ月以上ブランクが空いてしまいました。7月の初めに帯状疱疹にかかって、半月以上グズグズしてました。(それも理由の一つ)

実は、6月下旬から体調くずして、アトピーもかんばしくない状態の時、たまたま娘が(彼女は整体の関係の仕事をしています)私がストレッチなどをしている様子を見て、「お母さんは頭でわかったように思っているけど、全然わかってないね。力抜いているフリをしているだけ」とさらりと言いました。私もボチボチですが整体の勉強もしています。娘の言葉に、病気のつらさや苦しみを体験してない人間がえらそうに…ムカッときました。体調のいい時なら受けて立っている私ですが、調子も悪かったので、「そうかな?そうかな?…」ドンドン落ち込んでいきました。


確かに私は整体だけでなく頭で考える癖があります。形から入って、形がマスターできるともう解かったように思ってしまいます。このブログでも結構いい事書いてます。ウソは言ってません。娘も言葉から後、頭では理解していても、本当の自分はそうなんだろうか?・・・段々ブログで思いを書くのに自信がなくなりました。鬱々としてました。


そして、今月の「心の元気塾」が12日にありました。始まって開口一番ご住職が「○○さん、心のモヤモヤとれましたか?」と○○さんにたづねられました。○○さんは先月の終わりがけに「質問したいことも上手くまとめれないけど、ご住職のお話を聴いていて、心がモヤモヤするんです。これなんでしょう?」ポソッと言いました。その時、ご住職はニコニコ笑って、それ以上追求もされませんでした。その話の続きだったのです。私たちももちろん、そう言った当人さえ、「あ、そうでしたね」というぐらいの感じです。そしてご住職は話を続けられました。「心で聴いているから、モヤモヤとするんです。頭で聴いていたら、あ、そうか、なるほど、解かった解かった。これで本人さんはスッキリした気になったとしても、これは本当に解かったことにはならない。心で聴いてないから、そんなにあわてて答えを求めなくてもいいんです。モヤモヤしながら、お話聴いて、モヤモヤしながら本を読む…それがこの娑婆、生きているということ」 それを聞いた当人さんは、「でも先月とまた気分違うんです。何て言っていいかわからないけど…」その言葉にまたニコニコしているご住職。


この二人の問答を聞いて、「これ、私がぶつかっている問いや」と思いました。○○さんの何と天真爛漫正直な心根、私はいつも理詰め理詰めで自分に納得させていた。「よし、これでよし」と前に進むことばかり考えていた。今月の元気塾はスタートのお二人の問答が、その時の私の心根を見透かされたように捕らえました。このご縁に感謝致します。

心の元気塾ー6月ー

昨夜、第3回の心の元気塾がありました。印象に残ったお話をご紹介します。

『共命之鳥』と『無明存在』
 共命之鳥(グミョウシチョウ)とは、阿弥陀経にも出てきますが、羽や胴体は1羽で、頭が2つある鳥です。お浄土の世界では仲良く共存共栄しています。が、娑婆では、例えば、2つの頭をAとBとします。Aは自分だけなら悠々と暮らせると、Bに毒を与えます。当然Bは死にます。しかし毒が体に回って、やがて
Aも亡くなります。
 もう1つ、例え話です。ここに1�bほどの長いお箸があります。それで目の前のごちそうを食べよと言われますが、上手く口に運べません。でも、その箸でいっしょにいる人に、ごちそうを与えることはできます。そして、自分も誰かからいただくことも出来るのです。
 でも無明(ムミョウ)存在の私なら、Aのようになったり、長い箸をもてあます自分になったりします。無明とは真っ暗闇、自分の心のシャッターを閉め、自分の心を守って、都合のいいことは入れ、悪いことは排除、自分さえ、自分の家族さえ良ければ、相手はどうなってもいいとなるのです。
 今世の中で起こる事件の数々も、結局発端はこんな考えからではないでしょうか。親も子も、先生も経営者も…


『何が解決すると、心が元気になるのか?』
 元気という言葉のイメージは、明るい・前向きです。ですから、この塾の第1回のお話で、お釈迦様の説かれた「四苦八苦」など、苦を見つめる、苦を捜す姿勢に、どうして苦から始まるのか?ものは取りよう、考えようではないかと、ずーっと思っていました。でも最近思ったことは、考えよう1つと言いながら、そこから逃げている自分、それを離して見ないようにしている自分に気がつきました。50代で直面してその時逃げたら、もし60代で同じ思いを体験しても、又そこに右往左往している自分がいるはずです。
やはり、お釈迦様が言われるように、苦をちゃんと見る、苦を苦として頂ける、そうすれば、何年か先、同じような体験思いをしても受け止めれる自分がいるのでは…ちゃんと地に心に根を張ることで、本当の元気が出るのではないでしょうか?「気晴らし」という言葉があります。たまには、ほしいもの買って、おいしいもの食べる、スポーツに興じる…時としてリフレッシュするのもいいことです。でもあくまでも気晴らしです。それが生活のすべて、それが幸せではないはずです。


『目をあけて眠っている人』
 目をつむって眠っている人を起こすのは容易いが、目をあけて眠っている人の目を覚ますのは、なかなかむずかしいです。人間は無くても我慢出来ることの中に幸せを追い求め、それがなくては幸せなど成り立ちようのない大切な事を粗末に考えています。例えば、子供が優秀で有名学校に入学するというようなことに幸せを追い求めるあまり、子供が健康でいてくれる、それなしには幸せなど成り立ちようのない大切なことを、粗末にかんがえているのではないか?「それなくしては、幸せなど成り立ちようのない大切なこと」「あたりまえ」のすばらしさの見えない人、そう言う人を「目をあけて眠っている人」というのだそうです。
 もう1つ私は思いました。こういう会に参加したり、本読んだり、ブログを通じて、このように自分の考えを述べたり…そんな私は「目をあけて眠っている人」ではないか?ご住職のニンマリうなづく顔が想像されました。でも身近にこんな機会に触れれることは幸せですし、ご住職の言われる「止観」一度止まって自分自身を見つめる、見ている矢印を人に向けるのではなく、自分に向けてみる、そんなことを繰り返しながら、この娑婆を生きていくのだと思います。

心の元気塾ー5月ー

先月に引き続き、御遠忌のテーマについてです。
「生まれた意義と生きる喜びを見つけよう」
   生まれた意義とは、自分さがしです。生きていれば、いい時悪い時いろいろ
   です。ですから、生まれた意義も変わっていきます。どんな時も自分さがし
   をする。常に自分を見つめる、そして、見えてきた自分とどのように生きて 
   いくかが、このテーマです。
「バラバラでいっしょ―差異を認める世界の発見―」
   いつかも、このブログでお話ししました。
   みんな違ってみんないいです。
「今、いのちがあなたを生きている」
   助詞の使い方間違っているんじゃない?そう思われる方もいるでしょう。
   あなたの命が生きている―これの方が自然ですよね。
   でもこれで正しいんです。
   この意味は、仏さんの命が私を生きて下さっている。だから、私の命で
   私の命じゃないんです。今いろいろな物が「MY○○」という言われ方を
   しますが、命も私の命だから、好きな事してコロッと亡くなるのも勝手、
   自殺するもの自由みたいな風潮ありますが、私にはもちろん、みんな
   仏さんの命が生きていると思うと、命の大切さが変わります。
   

そんなお話の後、「幸せとは何だ?」について皆さんで話しました。その中で出た興味深かった言葉を上げてみます。

「朝、目が覚める幸せ」(起きることが当たり前と思っている)
「人間はなぜ当たり前を喜べないのでしょう」(「飛鳥へまだ見ぬ子へ」より)
「人生、楽も苦も喜んで
     得も損も喜んで、みんな背負って生きる」
「がばいばあちゃん」(島田洋七)
「人のうわさはウソでもおもしろいが、
        自分のうわさは本当でも腹が立つ」
「不安な心は、自分知らず、その種は自分です」


ご住職にお持ちいただいた詩(誰かの詩です)を紹介します。

  『これから』
    花を育てる、子どもを育てる  と いいながら
    自分を育てることを忘れている
    これまで自分は  自身の力だけでいきてきたなんて
    自惚れるのは  育っていない自分を認めているようなもの
    自分は種  自分に水を撒き 自分に肥やしを施し
    枯れるまでの自分に  責任を持ち続ける 
    それが今  それがこれから

心の元気塾ー4月ー

初めに、お釈迦様のお話です。
お釈迦さんは、今からおよそ2500年前、ヒマラヤのふもと、ルンビニで一国の王子として生まれました。16才で結婚し子供も生まれました。ある日、宮殿の東門から出ると、腰の曲がった老人がいました。次いで南門から出ると苦しむ病人がいました。西門では葬式の行列に出会いました。最後に北の門から出ると、木の下でじっと瞑想する修行者に会いました。この四者との出会いが、出家を決意させるきっかけになりました。29才の時、地位も名誉も棄て、苦行の旅に出ました。


「生・老・病・死」の4つの苦しみに、「愛別離苦」・「怨憎会苦(オンゾウエク)」・「求不得苦(グフトック)」・「五蘊盛苦(ゴウンジョウク)」という4つの苦しみを足して『四苦八苦』と言います。
  「愛別離苦」…愛する者と必ず別れなければならない。
  「怨憎会苦」…苦しみや恨みを抱く者と必ず会わなければならない。
  「求不得苦」…求めようとするものがどうしても手に入らない。
  「五蘊盛苦」…執着によって起こる心と体のさまざまな悶え。


また、真宗大谷派(お東)の御遠忌のテーマに
  「生まれた意義と生きる喜びを見つけよう」     (宗祖700回御遠忌)
  「バラバラでいっしょー違いを認める世界の発見ー(蓮如500回御遠忌)
  「今、いのちがあなたを生きている」         (宗祖750回御遠忌)

以上のようなことを、解りやすくお話しいただきました。

そして、皆さんで
 「先のことはわからない、今さえよけりゃという私の在り方・生き方」
 「本当にいきいきと生きているか」
 「せっかく人と生まれながら、流されて生きていないか」
…このようなことを、思いつくままみんなで話しました。

最後にご住職に準備していただいたプリントにあった詩をご紹介します。
   
「トマトとメロン」  相田みつを
  トマトにねえ、いくら肥料やったってさ、
  メロンにはならねんだなあ

  トマトとね、メロンをね
  いくら比べたって、しょうがねんだなあ

  トマトよりメロンのほうが高級だ
  なんて思っているのは、人間だけだね
  それもね、欲のふかい人間だけだな

  トマトもね、メロンもね
  当事者同士は、比べも競争もしてねんだな
  トマトはトマトの命を、精一杯生きているだけ
  メロンはメロンの命を、命いっぱい生きているだけ

  トマトもメロンも、それぞれに
  自分の命を、百点満点に生きているんだよ

  トマトとメロンをね、2つ並べて比べたり
  競争させたりしているのは、そろばん片手の人間だけ
  当事者にしてみればいいめいわくのこと


  「メロンになれ、メロンになれ、カッコいいメロンになれ!!
  金のいっぱいできるメロンになれ!!」
  と 尻ひっぱたかれて、ノイローゼになったり
  やけのやんぱちで、暴れたりしているトマトが
  いっぱいいるんじゃないかなあ
    

もう1度みたい、桜!

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角館で1泊した後、盛岡も北上も3分咲きぐらいだったので、思い切って仙台まで戻りました。やっぱり最後にもう1度満開の桜がみたかったからです。仙台駅の観光協会で聞いたら、青葉城は散り始めているそうです。今なら塩竃(しおがま)神社がいいと言われました。電車で20分、そこから徒歩15分です。神社は小高い丘の上にあり、行きは「女坂」というなだらかな上り坂です。丘一面の桜は満開です。お天気も最高!神社の横に庭は、しだれ桜やきく桃でコントラストも抜群です。帰り道は「男坂」といわれる50度ぐらいの斜面で300段の階段です。こちらを帰り道にして正解でした。階段降りたらちょうど12時、早速前にあるお寿司やさんに立ち寄りました。お寿司もおいしかったけど、土地のいろんな話を聞きました。この険しい階段を1トンもあるお神輿を担いで駆け上るお祭りがあるそうです。それも春・夏・秋と1年に3回も…すごいですよ。でもその祭事に、冬以外の季節をしっかり楽しむ、冬をじっと過ごし、春が来てバーンとはじけるエネルギーを感じます。


仙台の1駅向こうの榴(つつじ)岡にも桜があるとパンフにあったので行ってみました。大きな公園ですが、ここのしだれ桜がすごいんです。本数もたくさんですが、その中を歩くと桜の暖簾をくぐっているようです。真っ青な空に、それはそれは桜の色が映えて、ラストを飾る美しい桜でした。(写真はここです)


この5日間、《桜》をテーマに、少しでも桜を見ようと、2人で歩いた手作りの旅をしました。主人はこの景色は二度と見ることがないだろうと、電車やバスに乗ってもずーっと外の景色を眺めています。(私はよく眠りました)それぐらい色々コースを考えたり、リサーチしたり…中身のこい旅行でした。主人59才・私54才。いい時期にいい旅行をしたなと思います。今度は秋の奥入瀬に行きたいとか、メジャーじゃない観光地も訪ねてみたいとか…日数に合わせた楽しみ方の巾が、今回の旅行で広がりました。
是非皆さんも、お奨めの旅をご紹介いただきたいと思います。

「HAVE A NICE TRIP!」

最終日、もう1度みたい、桜。

角館で一泊した後、盛岡も北上もまだ開花していないので、思い切って仙台まで戻りました。やっぱり最後にもう一度満開の桜が見たかったからです。仙台駅の観光協会で聞いたら、青葉城は散り始めているそうです。今なら塩竃(しおがま)神社がいいと言われました。電車で20分、そこから徒歩15分です。神社は小高い丘の上にあり、行きは「女坂」というなだらかな上り坂です。丘一面の桜は満開です。お天気も最高!神社の横の庭は、しだれ桜やきく桃でコントラストも抜群です。帰り道は、「男坂」と言われる50度ぐらいの斜面で300段の階段です。こちらを帰り道にして正解でした。階段降りたらちょうど12時、早速前にあるお寿司やさんに立ち寄りました。お寿司もおいしかったけど、土地のいろんな話を聞きました。このけわしい階段を1トンあるお神輿を担いで駆け上るお祭りがあるそうです。それも春・夏・秋と1年に3回も…すごいですよ。でもその行事に、冬以外の季節をしっかり楽しむこの土地の人の思いを感じます。


仙台の1駅向こうの榴(つつじ)岡にも桜があるとパンフにあったので行ってみました。大きな公園ですが、ここのしだれ桜がすごいんです。本数もたくさんですが、その中を歩くと桜の暖簾をくぐっているようです。真っ青な空に、それはそれは桜の色が映えて、ラストを飾る美しい桜になりました。


この5日間、《桜》をテーマに、少しでも桜を見ようと、二人で歩いた手作りの旅をしました。主人はもうこの景色は2度とみることがないだろうと、電車やバスに乗ってもずーっと外の景色を眺めています。(私はよく眠りました) それぐらい色々コース考えたり、リサーチしたり…中身のこい旅行でした。主人59才・私は54才。いい時期にいい旅行をしたなと思います。今度は秋の奥入瀬に行きたいとか、メジャーじゃない観光地もたずねてみたいとか…日数に合わせた楽しみ方の巾が、今回の旅行で広がりました。是非、皆さんの旅もご紹介頂きたいと思います。 

「HAVE A NICE TRIP!」

あこがれの角館

角館は絶対訪れたい場所でした。
問い合わせても、桜はつぼみ、少しでも咲きそうにありません。
でもこの日は1日雨の予報でしたので、もう桜は関係なしで、お昼前に着きました。ホテルへ荷物を預け、早速散策です。観光の中心中町は、黒塗りの塀が続く武家屋敷の町です。屋敷に植えられたしだれ桜や樹木が茂りに茂り、巨木となって家や道路を覆ってます。ここは戦災や大火を免れて、300年前と町並みは同じだそうです。由緒ある石黒家や青柳家が見学できます。対照的な隣町の外町には、町家や蔵を備えた商家が続きます。こちらは大火が繰り返され、明治に入ってから建てられたものが多いそうです。


多分角館の桜はツアーのコースにも入っているのでしょう。花はないのに観光バスはどんどん入ってきます。1つだけ開花している花を、みんなが携帯のカメラにおさめている光景が滑稽でした。ここは満開の時に是非来たい、絶対来ようと思いました。


今日は早々にホテルに入りました。「田町武家屋敷ホテル」です。田町武家屋敷ホテル こじんまりとした民芸調の雰囲気のあるホテルです。


翌日は最終日、帰路に着きます。弘前方面へ行くか、もう1度南へおりながら帰途につくか、今夜ゆっくり考えることにします。おやすみなさい。  《続く》

3日目、桜前線、北上してる?

朝からお天気は上々。でも肌寒いです。着るかな?と思って持参したセーターが重宝してます。

宿のすぐそばに武家屋敷があります。朝からお散歩、茅葺きの家は、今もそのまま住んでいる所もあります。桜もほぼ満開で、静かなたたずまいの町並みです。


上山から山形へ出て、乗り換えて仙台へ。途中、童謡でおなじみの「山寺」があります。車窓からもその険しい階段の参道が見えます。仙台から北上へは、新幹線で1時間です。ここは、東北三大桜の一つです。(後は、角館と弘前) 残念ながら桜はまだつぼみです。駅から歩いて北上川の渡し場へ、そして船で対岸へ、2キロの桜並木が続きます。渡しの公園にも150種類の桜があるそうです。でもみ〜んな、つぼみ。ここが満開だったらと想像しながら歩きます。「みちのく民俗村」や「サトー八チロー館」もそばにあり、なかなかいい所でした。帰り道、1りんだけ花が咲いていました。「遠い所来てくれてありがとう」と桜が言っているようでした。


今夜の宿は、花巻温泉の一番奥にある台の湯「炭屋」です。築後300年の建物ですが、風情のある引き戸を開けると、昔懐かしい宿屋のたたずまいがあります。宿主所有の調度品が、随所に生かされてます。趣味で宿屋をやっているように感じます。温泉も湯船も壁もヒノキ造り、その日・翌朝と違う浴室を家族風呂として使わせてもらいました。西川きよし親子もプライベートで1年程前に泊まられたそうです。
またHP見て下さい。炭屋

2日目はどこへ?

今日は米沢から山形へ行くことにしました。
電車時刻もばっちりリサーチずみです。
白石から福島へ戻り、米沢へ。福島から米沢は30分程ですが、乗り換えがあるので、白石駅は8時30分ぐらいに出ました。福島と米沢、距離的には近いので、桜の開花状況もさほど変わりないかなと思っていたら、蔵王山を挟んでの東西、米沢はそれ以外も山に囲まれている盆地です。気候も微妙に違うのでしょう。全然咲いていません。時折雨も降ります。でも折角下車したので、荷物をロッカーに入れて上杉神社へ歩き始めます。


上杉謙信というと、武田信玄との川中島の戦いを思い出すので、長野の隣り新潟ぐらいかなと思っていたら、米沢だったんです。1時間ほど歩きました。最上川にかかった橋を歩きます。対岸までずーっと鯉のぼりがなびき、のどかな景色です。


米沢駅に戻って、山形まで新幹線で50分。駅で荷物を預け、またテクテク。城跡の霞城(がじょう)公園につく頃にはお天気もよくなってきました。私は聞いたこともない所でしたが、来て見てびっくり。石垣からお堀に流れ落ちるような枝ぶりの桜が満開です。公園内の1200本のソメイヨシノの咲きそろった風景は圧巻です。市内観光も歩きです「文翔館」山形旧県庁及び県会議事堂です。すごく広くって、見応えあり。でも入場料ただです。さあ、山形から在来線で3つめの上山(かみのやま)温泉が今日の宿です。


宿は、「花灯り月の池」
灯りをテーマにした宿で、和紙でできた灯篭にローソクの灯り、露天風呂の湯船にも灯篭が浮いてます。4〜8時まで、露天風呂で升酒のサービス。浴衣も20種類あり、おはしょりのある浴衣や半幅帯もあり、本格的に浴衣を楽しめます。お料理はもちろんですが、至る所に宿主の心配りが感じられる宿でした。またHPをご覧下さい。月の池

今日も当たり、いい旅してます。   《続く》

1日目のサ・ク・ラ

旅行に行く前は、東北三大桜《北上・角館・弘前》を予定してました。
しかし、今年は4月になっても寒い日が多く、開花はまだまだのようです。


1日目、まず新幹線で福島まで行きました。そこから在来線に乗って、大河原町へいく予定でしたが、強風につき運休、1時間以上遅れているそう。他に予定もなかったので、福島市内の花見山へシャトルバスが出ていたので、そこへ行くことにしました。全然期待もしたませんでした。が、が、それがすごいんです。歩いて1時間ほどのひと山が、桜はもちろん、老梅・彼岸桜・連翹・木瓜(ボケ)・白木蓮・八重桜・花桃…が一斉に咲いているんです。東北は春が遅いせいでしょうか、一気に咲き始めるんですね。写真家・故秋山庄太郎さんが「福島に桃源郷あり」とわれてよく訪れていたそうです。この時期福島へ行くことがあったら是非お立ち寄り下さい。2時間もあれば行けます。


福島駅に戻って、白石駅に行きます。在来線・新幹線両方とも留まりますが、あいにく両方とも乗り遅れて、福島駅に1時間ボーッ。「あなたがちゃんと聞かないから…」「しるか!」旅に出て初めてのケンカ、暗い1時間でした。これで学んだこと、東北地方を電車で旅する時は、しっかり時間をチェックすることが必要です。


今夜の宿は、白石駅からタクシーで15分程にある鎌先温泉です。
『一條』詳しくはHPを見て下さい。
数年前に改装され、古い湯治場としての建物を個室のお食事の部屋になっており、多分お宝的な家具や調度品が趣味よく置かれ、かすかにジャズのBGMが流れいい雰囲気でした。

コースは主人が、宿は私担当になっています。
マア、今日は気ままの割りにはすべてGOODでした。   《続く》

花まつり

昨日(4月4日)、桑名別院において「花まつり」が開催されました。
4月8日、お釈迦様の誕生をお祝いして行う行事ですが、多くのお子さんに集まっていただきたいと、春休み中に開催されました。


当日は、10時から開会式、本堂は雨戸も閉めて真っ暗にし、花御堂にお立ちのお釈迦様をライトアップし、お子さんによる献花献灯、そして5人のお子さんが前に並び全員でのお勤め、もちろん導師も子供です。その後、高さ3㍍以上もある白象を先頭に、回りの商店街をパレード、戻って本堂において、若いご住職手作りの「お釈迦様誕生」の影絵です。お昼は別院婦人会手作りのおにぎり、午後はアトラクション。大縄飛びや、綿菓子作り、風船ルーム、割り箸で作ったゴム鉄砲...など。閉会式でもう1度本堂に集まり、ご挨拶の後、恩徳讃を斉唱、2時に解散でした。


広報はポスター・折り込みチラシ等やりましたが、実際当日何人集まるか想像もできませんでした。スタッフは、教区のご住職、坊守さま、そのご子息、コーラス、別院婦人会と約100人。でも受付始まって30分頃は、子供の数も20~30名とガラガラでした。でも始まる頃には、子供150名、親50名ぐらいになりました。私の入っている別院婦人会も大活躍でした。1パック3種類のおにぎりを詰めます。全部で900コのおにぎりを作りました。30人程の人が分担して、事前にリハーサルはしましたが、11時頃には完成しました。


私は本堂や境内に行って、子供たちの様子を見せてもらいました。参加したものの、どんなことをするのか詳しく知らずに来た子も多かったと思います。開会式ーお経を知っている子は、多分2割ぐらいだと思います。手作りの経本もいただき、読めないけど字を追っています。15分ぐらいでしょうか。誰も帰ろちか、出ようと言わない。終わるのを"待つ"、しびれをきらせて、じっとがまんするのも大切です。そしてアトラクションも、正直私は、こんなの子供たち満足するかな...と案じていました。でも楽しそうです。最新のゲームをいつもしている子も、こんなの...と思わないようです。きっと、初めに本堂のあみだ様の前で、「なんか今日は違うな」と感じ、心の襟を正したんではないでしょうか?境内では、ゲームに興ずる子・風船いっぱいの部屋で飛び回る子・ごえんさんに話しかけている子...ショッピングセンターのゲームコーナーにいる子供とは違う、和やかな空気を境内の中に感じました。


こんな経験が今の子供たちには絶対必要です。本堂で私の近くにいた子は、「合掌、合掌って、ようけ手合わせるんやな」とひとり事のようにつぶやいていました。多分普段の生活の中で手を合わせる機会が少ないのでしょう。すごい悪さやトラブルもありません。きっとあみだ様に見守っていただいたのでしょう。


第1回ということで、事前の打ち合わせ・準備とどの担当も大変でした。でもこの行事に参加させていただいて、こんな英国のことわざを思い出しました。
「一人では何もできない。一人が始めなければ何もできない」
「よいことは一人ではなかなかできない。誰かがしてくれたら一緒にしよう、と待っていたら、いつまでたっても何一つできないでしょう。それよりも、自分から進んでする最初の一人になることです。その勇気がなかったら結局何もできません」と注釈がありました。

「千住家の教育白書」

 著者の千住文子さんは、長男・博は日本画家、次男・明は作曲家、娘は・真理子はヴァイオリニストと世界的な芸術家を育てた母で有名です。さぞかしすごい英才教育されたのではと想像しがちですが、この本を読んで、精神の豊かさを育てることがまず第一で、そのベースはまず家庭であることを改めて感じました。
 

 お子さんが、7才・5才・2才の頃から、紙で作ったメガラッパを片手に、母親が隊長になって、即席の歌を歌いながら、手を洗ったり、食事の準備したり、4人で美しい夕日を見ながら、物語を作りそれに曲がつく…感受性豊かに感動したり楽しむことは、子供の目線というかお母さんがまず楽しんでいるのです。生活の中に遊びの中に、自然に絵も音楽もあるのです。習いに行くのはその先です。
 

 でも子供が選択した後は、親は見守ることに徹します。ご主人も学者とはいえ、決して裕福ではありません。でも子供が希望した道には全面的に応援します。あとがきにも書かれてますが、「なんて一所懸命な家族だろう。なんてがむしゃらな家族だろう。そしてなんて仲良しな家族だろう」─私もそう思いました。そして、お母様のご両親・ご主人の最期は、居間の隣の部屋にベッドを置き、その頃まだ20代だった3人の子供も、ベッドの横で、絵を描いたり作曲したりヴァイオリンの練習したり…みんな自分たちのできることを一生懸命するのです。多分才能だけではない何かを育てるとは、こういうことなんだと思いました。子供を育てることとは、ここをちゃんと育てることだと思います。
 

 「子供の才能を伸ばす」なんてことは、たいへんおこがましいことで、心を細胞レベルで暖かく育てることが、親や私達の役目だと思います。

「乾いた社会」がもたらす乾いた人間関係

もう一度だけ、五木寛之さんの文章を引用させて下さい。
最近よくある事件に、親が子を虐待したり、子が親を殺したり、夫婦の絆が弱かったり・・・多いですね。これは、自分の選択で、夫婦や親子になったと思いこんでいるからです。

「Something Great」 私たちの人生には、目に見えないけれど、何か大きな力が働いている。そんな大きな力の働きの中で、様々な縁が生まれては消え、消えては生まれながら、お互いに親子・夫婦としてのご縁を深めているのです。人間が生きるということは、否応なく人と関わっていくことです。

しかし、今の社会はそういう関係を排除して、できるだけ乾いた関係を作り出そうとしています。アナログ的なことは嫌われて、デジタル的な事が好まれる。実際パソコンや携帯電話を使って、バーチャル空間で人とつながることは得意だけど、実際の人間関係を築くことは苦手な若者が多いそうです。(本書より)


私自身、何かおかしな世の中になっていきそうな予感がします。今もし孫が生まれても単純に喜んでばかりいられない気がします。公園で元気一杯遊べない、「○○ちゃん、遊ぼ」とたずねることもない。みんな親がセッティングです。年相応の経験をせずに育つことの弊害、今はまだ氷山の一角かもしれません。いろんな文明が、本来育てるものを育てることなしに成長させている。そして、同じ価値観の仲間で一緒にいると、その危険性にも気がつかない。決して、私が気付いているということではありません。


この年になると、気心のあった仲間でいることが楽で楽しいです。でも人間、いつも楽しいことばかりではありません。いろんな波もくるでしょう。そんな波が来た時に、「こんな事言っていた人居たな」「一度会ってみよう」・・・そんな時が絶対来ます。そのためにも、多くの人とご縁を持って、心のお話をするといいなと思います。


先日桑名別院であった会合の折、偶然隣り合わせた人3人で、そんな話で盛り上がり、早速毎月に1度、「集って話そう!」会を始めることにしました。お互いに誘い合わせて、初対面の方たちとも、今の世の中のこと、何が大切か、何を伝えていくか・・・雑談のように気楽に話し合える場になればと願っています。宗派も年齢もこえて、その時3人なら3人で、8人なら8人で・・・その日ご縁のあった方同志の集いにするつもりです。関心のある方は、是非ご参加下さい。

     会場 : 桑名別院書院 (桑名市北寺町)
     日時 : 2月9日(木) 午後7〜9時   ※毎月第2木曜日の予定
     会費 : 無 料
     お問い合わせ : 林まで(090−2616−8417)

病院でいただく薬ではないお薬が、あみださまからいただけそうな気がします。

日本に根ざす信仰心ー「いまを生きるちから」その2

本書を抜粋します。
ニューヨークで仏壇のことをきかれた時、以前はどんな日本人の家にも仏壇、又は神棚があった。皆さんが週1回教会へ行かれるところを、日本人は毎日、しかも自分の家の中で、そういう祈りの場を持って、頭を下げていたのです・・・この説明には外国人も相当ショックだったようです。日本人の生活の中に根付いている深い信仰というものを、我々は今こそ、もう一度きちんと見直すべき、それが仏教であれ、神道であれ、何か和魂(信仰という程大げさなものでなく、生活の中に習慣化している大切な魂)のようなもの、自己のアイデンティティーを持っていないと、私たち日本人は、これからの国際社会では生き残っていけないのではないか。本来「私はブティストです」とか「クリスチャンです」とかはっきり答えるのがアイデンティティーのはず。基本的にアイデンティティーとは、魂の帰属する場所、それが今日本人にとっては、一番あいまいになっている。


今日は仏壇店を営む立場からお話します。
お客様の中には、朝ご飯さんをお供えし、朝夕お経をあげることを、代々受け継いでやってみえてる方も多いです。お経まではできなくても、朝夕毎日手を合わす。それを単に習慣と言えるでしょうか?祈る対象がご先祖であれ、阿弥陀さまであれ、生きていく上で、見えざる大きなものへの畏怖の思いがあるからだと思います。


今年の成人式でも沖縄では、あの場をわきまえない、自分の楽しみしか考えない行動の若者が多くいました。あの報道を見ると、一蹴りしたい程、腹立たしくなります。彼らは親も先生も怖いものないんでしょうね。それこそ畏怖の念など微塵もない。でもあんな人間にしたのは、まさしく親なんです。あの彼らたちが結婚して子の親になる。考えただけでもぞっとしませんか?


今からでも遅くないです。気づいた私たちからでも、手を合わし、畏怖の念を持ちませんか!目に見えるものと見えないものを合わせて信じる人は、体の中に響きあう2つの力が持てます。でも見えるのもしか信じない人は、半分の力も持てません。いや、自分の力ではないでしょう。「お助け」「おかげさま」の力を頂くことと思います。誰のせいにすることもないです。私から始めればいいのでは・・・そう思います。

慈悲について

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五木寛之著「いまを生きるちから」
久しぶりに心にストンと響く本に出会いました。
NHK「人間講座」のテキストを単行本化したものです。著者自身が、観光客でも物見遊山でお寺に来る人でも、その中で100人に1人、1000人に1人でも、お寺に来て何か感じることのできる人がいれば、そこに新しいご縁が生まれる。だから、私は文芸誌だけでなく大衆誌にも原稿を書く、それを読んだ人の中で、1人でも何かを感じる人がいることを願って・・・と書いてみえますので、私もその内容を少しずつご紹介したいと思います。


《慈悲について》
皆さん「慈悲」という言葉はよくご存知と思います。よく仏教書には出てきますが、楽しみを与え苦しみを取り除くとか、いつくしみ慰めることという意味です。
これを著者は〈慈〉と〈悲〉には別々の意味がある。〈慈〉は「頑張れ」という励ましであり、〈悲〉は慰めであり、「もうがんばらなくていいよ」という思い、何も言わない、黙ってただ頷きながら、相手の言葉を聞くだけ・・・例えば、子供が転んだ時、「痛くない」と励ます父の声、「痛いね、痛いね」と眉をひそめてくれる母の優しさだと思います。人は〈慈〉によって励まされると同じように〈悲〉によって慰められます。


人間が生きていくことをつらいと思う時がある。その時本当に必要なのは、無言で相手の痛みを感じ、深いため息をつく〈悲〉の感情ではないか。自分だけの孤独な部屋に閉ざされた痛みや悩み、苦しみを誰かが感じてくれていると知るだけで、必ずその人の心の痛みは幾分軽くなるのではないか。
これまでの私たちは励ましや頑張れにあたる〈慈〉の方にだけ目が向いていたのではないか。これから〈慈〉の時代から〈悲〉の時代へ変わっていくだろう。(本書より)


この文を読んだ時、私はまさに今の子供のSOSが、これと同じことを訴えているように思いました。そして、子育てには「頑張れ」という父と、いっしょに苦しんでくれる母と両方の思いが必要です。これは必ずしも両親が必要ということではありません。両親とも「頑張れ」の家庭もありますから。心療内科が繁盛するもの、元はみんな〈悲〉の思いを求めているからではないでしょうか。


私は「頑張る」という言葉が好きで、元々が怠け者なのでしょう。「頑張るぞー」と自分を発奮させて「よーし」と手ごたえを感じることが好きでした。だから頑張らない人は許せませんでした。でも病気になって、私を内面からみてくれる医師が二人とも「林さんはフワーッと生きなさい」と言うんです。私自身も苦しんでいる時、ちょっと離れた所から見守ってくれる人の存在がどれほど有難く、うれしかったことか。私も少しでも〈悲〉の解かる人になりたいと思います。

『「幸福な偶然」をつかまえる』

日野原重明さんの著書です。
セレンディビティ、直訳すると、偶然による発見、日野原流に解釈すると「よき偶然に出会う能力」と言ってます。臨床医として、診察にみえる患者さんのさりげない言葉や症状の中から、今までのも何回か、たいへんな幸運な見出しものをしたことがあったとあります。今の聖路加病院のシステムにも反映されているそうです。ダイヤモンドの原石を見たことがありますか?ただの薄汚れた石ころでしかありません。道端に転がっていたら、ガラスのかけらにしかみえないでしょう。しかし、「おや、これは何だろう」と興味を持ち、拾い上げ、家に持ち帰って、磨きをかけると、それは見事な宝石となるのです。

人生いつも楽しいことばかりではないし、毎日こんなこと・・・とか、どおってことなく、意識せず過ごすことありませんか?リンゴが木から落ちるのを見て、ニュートンのように発見する人は別格ですが、誰かの言葉に感動したり、アッ、これはチャンスかなとひらめいたり・・・そんなアンテナを張っておくことが、幸福な偶然をつかまえる能力を生み出すと思います。著書の中では、心の体質改善、心にメガネをかけるとも言っています。そして、そんな意識でいればどんどんチャンスは生まれるし、鈍感な人は、いつも自分はツイテない、不幸だと思っているようです。


2005年も今日で終わりです。私自身、このブログを始めたことも、一歩踏み出すきっかけになりました。これを続けるためのアンテナは結構きびしいです。でも、「何かないかな?」といつもいろんなことに目をむける習慣をつけさせてもらえました。細々ですが今後も続けていこうと思ってます。こんな私のつたない文章にお付き合い下さる方には、本当にお礼申し上げます。希望を言えば、どんどんコメントを入れていただきたいと願ってます。特に子育て、教育については、皆さんの声を反映していきたいと考えてます。来年もどうかよろしくお願いします。


「来年も健康で笑顔で暮らせる毎日でありますように」・・・皆さん、私の家族、私自身に祈りを込めて終わりとします。

手をあわす

先日、あるお寺さんで女性の集まりがあり、最後におくりさんのご挨拶がありました。
その中で印象に残った内容は、「最近子供が巻き込まれる事件が多発してます。子供を危険から守ること、そして加害者のような子供を育てないために、私たちは何をしたらいいのか。どうか1回でも多く手を合わすことをして下さい。それはお仏壇やお寺だけではありません。食事の前後、これだけでも1日6回です。それもお子さんに強要するのではなく、私たち自身がやることです。どうか毎日お願いします」と話されました。


「手と手を合わせて幸せ」とどこかの仏壇店がCMに使っていましたが、手を合わせている時って、絶対モードは《良》になっています。手を合わせながら、悪口言ったり、子供叱ったりすることはありません。手を合わせている相手か、又第三者に感謝する思いも感じれます。理屈はそこまで、やっぱり家の中で、おじいちゃん・おばあちゃん・おとうさん・おかあさん・・・ことあるごとに手を合わしている環境がたいせつなんですよね。

病院の先生のいいお話

私はアトピーで養老町の「船戸クリニック」という病院にかかってます。
私は奥さんの漢方の外来を受けてますが、医院長は内科の先生で他にも先生がいて、メンタルクリニック、気功、マッサージ、びわ葉温灸などあり、末期癌患者や在宅治療にもスタッフを送って力を入れてます。講演会などもあり、又2ヶ月に一度「フナクリ通信」という広報誌を発行しています。


11・12月号の通信の中に興味深い一節があったのでご紹介します。全体の内容の中では、癌はあなたに「変わりなさい」と伝えています。「今までの生き方が、本当のそして本来のあなたじゃないですよ・・・。そろそろ本来のあなたを思い出して、本当の生き方をしましょうよ。あなたはその為に生まれてきたんですよ」という始まりで、色々書かれてます。関心のある方は、インターネットで見て下さい。


その中に「信念と執着」という欄がありました。いずれ拳を作ってエネルギーが沸き立っていますが、信念は「よし」と言って、しっかり眼を見開いているのに対して、執着は「くそ」と言って、しっかり眼をつぶってます。信念は 0PEN MIND ですから、目的成就のためにあらゆる可能性を模索し、人の意見の聞き、事が成就する可能性が出てきますが、執着は全くの BLIND ですから、人の意見を全く聞きません。結果、チャンスすらだめっと言って拒否しますから、当然願いは成就できません。そして、今の自分の思いが信念か執着かを見分ける方法は簡単です。信念は「〜したい」といいます。執着は「〜しなければ(ねば)いけない」と言います。「〜ねば〜ねば」で動きかけた時、要注意です。


これを読んで私は心の底から思いました。私は「〜ねば〜ねば」の生き方をずーっとしてました。だから癌にもなったかもしれない。でも何も変わらなかったから、またアトピーで苦しみました。先日診察に行った時、「今まではこれもして、あれもしてるのに、どうして治らないんだろうーと思ったけど、今は、これだけ体にいいこと一杯してるのに、症状が出る時は、出さなければいけないものが、私には一杯あるんだ、どうぞ出て下さいーと少し思えるようになりました」と先生に話したら、「そうよ、その調子。あせらない、あせらない」と言われました。


1つ1つ、曲がり角で悩み考え、1歩1歩あゆむしかないです。信念を持ってね。

「聖人の和讃を歌う集い」

10月14日、岡崎の「コールアーバー」という合唱団主催による、「聖人の和讃を歌う集い」が岡崎教務所にて開催されました。


そもそも、「和讃」という言葉ご存じですか?これは親鸞聖人がうたったもので、500首を超える、阿弥陀如来の徳をたたえ、人間としての自己のを傷み、そして七人の高僧方の徳や教えの尊さを誉め讃え、又、社会や人間の悲しみをうたったものです。


今回、地元の作曲家平田聖子先生が、この和讃の中からいくつかに曲をつけられました。先生ご自身もお祖母さま、お母さま・・・と信心あるご家庭でご縁をいただいてみえます。今回のその楽譜本も出版され、その中で5曲を歌唱指導していただきました。平田先生直々、ピアノ伴奏をしていただき、又どういう思いでこの曲を作曲されたかという、エピソードなどもお話いただきました。テーブルに7〜8名、140名ほどの方が参加されましたが、休憩時・昼食時には交流をもつことができ、たいへん和やかな雰囲気の集まりでした。


メロディーをつけることで、「♪弥陀の名号唱えつつ、信心まことにうるひとは〜♪」・・・フッと口ずさむことができます。こんな形で和讃の世界へ入らせていただけるものいいと思います。少しずつ、この輪が拡がっていくこともすばらしいですね。

老人に携帯メール。

昨日、私の入っている会の親睦旅行があり、車中隣りの席の方と、ずーっとおしゃべりをしていました。その中で、これいいなーと思ったお話をご紹介します。


その方は、ご主人の両親も看取り、最近は大阪から引き取ったご自分の両親を近くに住まわせていました。そして、78才になるお母様に携帯のメールの仕方を根気よく教えました。最近はお年寄り用の操作しやすい携帯電話も売られてます。お父様はされないそうですが、お母様は段々慣れてきました。
すると今度その奥さんは、お母様の姉妹にも同じ携帯電話を贈って、操作の仕方を教えました。すると、遠く離れている姉妹同士、親子、孫・・・いろんな形でメールが行き交います。お母様は外に出るのは苦手でお家にいることが多いそうですが、メールのおかげで交流が密になります。


確かに、手紙は苦手という人もいます。電話も何か用事がある時はかけますが、何でもない時、相手先がどんな状態かわからないと、かけづらい時もあります。でも、メールなら、こちらも送りたい時送れるし、相手先も見たい時見れば良し、返事もすぐにでも送れる。それに手先を使うので、ボケ防止になるそうです。孫さんが「元気?」と入れてくれたり、娘さんが「今日は○○に来ています。おみやげ何がい?」・・・こんな簡単な言葉でも、かけてもらえることが、お年寄りにしてみたら、うれしいでしょう。ウチの親にも教えようか、でも覚えるかな?・・・やっぱり二の足踏む私です。根気よくコツコツ教えたこの奥さんはすごいと思います。

法話『はかってばかり』

10月1日桑名別院にて三重教区桑名組同朋大会があり、大垣教区西向寺住職飯山等師の法話がありました。演題は「はかってばかり」です。


案内の文章が、すごく解りやすいので、ご紹介します。
(前略)私たちもまた、実に多くの「はかり」(社会的価値基準)を使って相手のことをわかったつもりになっています。自分に対する世間や他人からの評価も気になってしかたがありません。評価のズレに苦しむこともしばしばです。人として生きていく以上、とりあえず「はかり」があった方が安易で便利なのだと開き直ってみたり、しょせん、お互いの本当の姿などわかるはしないのだとあきらめたりしています。人を「はかる」ことの罪業性に目をそむけながら、「はかってばかり」の私たちです。「はかってばかり」の私たちに「はかりしれない」智慧の光がさしています。


「う〜ん、確かに・・・」そう思いませんか?
「でも結局世の中それでしょ?」その声もわかります。というか、自分もどっぷりその体質です。人からよく見られたい、評価されたいが行動基準になってます。だから、がんばれる時もあります。でも、結果が満足でなかったり、人から批判されるとガックリきます。法話を聴きながら、そんな自分が大きく浮き彫りにされてきました。ドーンと疲れたり、気持ちに波があったり・・・


先生はお話の中で、「はかる」にも、頭ではかる場合と、胸ではかる場合がある。
頭ではかる時は「性能」をもってしている。道具はもちろんですが、人までも性能の部分でみている。優秀だとか、やり手だとかー。でも頭で受け止めれないものがある。それは「生・老・病・死」です。これには、いくら優秀な人でも、いくらやり手の人でも、「頭」だけでは乗り越えれません。

でも現実に今、そうようなことで悩んだり苦しんだりしていなければ、確かにピンときません。ではどのようにしたら、その心が育つか。それには、自分が何かしてもらった時、何かいただいた時、それを表面的な捉え方や、いただき物の善し悪しでなく、送った人の「心」をちゃんと受け取る。また、時々「自分は頭でいきてるなー」と自分自身を時々振り返ることが大切だと思いました。


余談ですが、ご法話ではいいお言葉をたくさん聴かせたいただけて、ありがたいんですが、1つの文章にまとめようと思うとたいへん難しいです。

法盛寺さま、法要ご案内

先日のブログ、「お寺のコンサート」でご紹介した法盛寺さま、
今日はお彼岸法要のご紹介します。
その前に法要案内のご挨拶文を引用させていただきます。


今月は「秋の彼岸」を迎えると同時に「実りの秋」でもあります。春から夏にかけて青々と茂っている稲は上を向いて立っていますが、だんだん米粒が成長すると重みのために頭が下がるようになります。私達人間は、自分の考えが一番道理にかなっているんだと思ったり、自分の行いが最も正しいと思って、いつも頭を上げどうしではないでしょうか。しかし少しずつ仏縁を深めると、今までの自分に気づき、素直にみ教えに頭をたれる身に変わって行くことが一番肝心なことではないでしょうか。これは自分の力でそうなったのではなく、「如来様のご本願のはたらき」によって味あわせていただくのであります。

皆さんもこの「秋のお彼岸法要」にご参拝くださって私達に向けられた仏様の願いに耳を傾け、一日一日を見直しながら、「報恩と喜びのある生活」をお送り下さい。


秋季彼岸永代法要
   9月21日(水)  午後1時半〜
           法盛寺内講師
   9月22日(木)  午前9時半〜      午後1時半〜
      23日(金)  午前9時半〜      午後1時半〜
           善徳寺住職   加藤 正人 先生

戦没者追悼法要
   9月22日(木)  午後1時半〜
    
納骨法要
   9月23日(金)  午後1時 受付、  午後1時半 法要

 ※お問い合わせは、こちらまで。
      法盛寺  桑名市萱町 (市バスA・B循環 法盛寺前 下車) 
                (TEL) 0594−22−1154
  
      
 

   

別院さんで、法話を聴いてみませんか。

20日は彼岸の入りです。桑名別院では彼岸会のご法話が1週間開かれます。
宗派は関係ありません。午後のひととき、法話に耳を傾けてみませんか。
《秋の彼岸会の法話 ご案内》 
   9月20日(火) 13:00〜
      樫   豊  先生 (鈴鹿市  安養寺住職)
   9月21・22日(水・木) 13:00〜
      岩田 信行 先生 (松坂市  道専寺住職)
   9月23日(金) 13:00〜
      木名瀬 勝 先生 (三重教区教導)    
   9月24日(土) 13:00〜
      加藤 満 先生 (桑名市 教願寺)
   9月25・26日(日・月) 13:00〜
      吉岡 恵基 先生 (菰野町 翠巌寺住職)

         
《人生講座のご案内》
   〜行き当たりばったりの生活に気付いていますか〜
今、テレビや雑誌などメディアの情報に依存し、その情報に振り回されて、いつの間にかメ ディアを通じて流される情報なしには何も判断できない毎日になっていませんか。私達は、メディアだけでなく色々なものに振り回され、行き当たりばった りの生活になっています。こういった生活は、自分の中に揺るがないものがないことによって起こると、考えているからではないでしょうか。この揺るぎないものと考えているものは何なのか、真実とは何なのか学び 「いのち」の尊さを問われてみてはどうでしょうか。すがすがしい朝のひとときに人生について共に聞き開きたいものです。

  〈会場〉桑名別院本堂   〈時間〉午前7〜8時   〈会費〉500円

  〈講師〉
    10月2日(日) 田代俊孝先生 (いなべ市・行順寺住職)
             同朋大学の教授として教鞭をとられ、現代社会に
                おいて 「いのち」のあり方を深く探求されている。
    11月6日(日) 桑原範昭先生 (桑名市・西福寺住職)
                三重教区特別伝道講師として、教区内をまわり
                お話されている。
    12月4日(日) 蒲池勢至先生 (名古屋教区・長善寺住職)
                同朋大学の講師として教鞭をとられ、歴史・民俗
                など様々な著作を出されている。
     1月8日(日) 伊奈祐諦先生 (岡崎教区・安樂寺住職)
                真宗本廟教化教導として本山参拝者の皆さんに
                法話され、又、教誨師としてもご活躍されている。
     2月5日(日) 木村大乗先生 (桑名市・蓮敬寺住職)
                同朋大学講師として教鞭をとられ、学生と共に深
                く学ばれている。
     3月5日(日) 海老原容光先生 (桑名市・明光寺住職)
                長年宗務役員として宗門を支えられた経験を
                ふまえて、念仏の大切さを訴えておられる。

  別院さんは、市内寺町商店街の中にあります。
  詳しくお聞きになりたい方は、桑名市北寺町47 0594−22−0652 です。
  

お寺のコンサート

hpkobusi.jpg9月6日午後、桑名市内の浄土真宗本願寺派(お西)法盛寺さまにて、龍谷大学男声合唱団と地元の4コーラスグループとのジョイントコンサートが開催されました。4つのコーラスグループは、照林寺歌おう会・四宝会(教宗寺)・法盛寺仏教讃歌の会・桑名組「こぶしの会」(最勝寺です)              
              
              
hphoujyou.jpg当日は台風14号が九州に上陸し、いつこの地方にも影響が出るか、主催した「こぶしの会」の皆さんは来場していただけるか朝からヒヤヒヤものでした。



hpstrawberry.jpg賛助出演していただいたユニット「Strawberries」の若いお2人は、お寺の本堂、観客の年齢も高いという、ちょっと慣れないステージのせいか、気持ちも上がって、音取りに四苦八苦。でもその動揺・必死さ・かわいさが、逆に会場を和ませて、笑いをとり、和やかなムードを作ってくれました。曲目は「東京ブギブギ」「おまつりマンボ」「川の流れのように」など、年配の方も口ずさめる選曲もうれしかったです。


hpryuudai.jpgトリは、龍大男声合唱団です。21名の4部コーラスで、聞き覚えのある「メドレーふるさとの四季」から「ジブリ」の挿入歌、そして仏教讃歌と、これを本堂で聴かせていただくと本当に心にしみ入るようです。


皆さんの思いが通じたのか、開催中はお天気も心配するほどのこともなく、無事終了することができました。1つ1つ手作りのコンサートでしたが、ご来場いただいた皆さんにも心は通じたと思います。そして、機会あればまた開催したいという声が関係した皆さんの思いでした。

法話「医療と仏教の協力関係」

今日(9月4日)仏教・夏期大学「親鸞に聞く集い」が法盛寺さまで開催されました。
講師は、胃腸外科専門の田畑正久さんというお医者さんです。

《お話の内容》
   長年、医療関係に携わってみえて、多くの患者に接し、その苦悩を目の当たり
   にし、医療現場に仏教的(信仰)素養を生かせないかと考えました。
   医療は、治す・延命のみで、「いかに死んでいくか」の知識はありません。
   特に「回復する見込みのない患者」には、医療と信仰の両方が必要です。
   治りたい・生きたいという思いと、治らない・余命・・・という現実ーこのギャップを
   どうようにうめるか。死を受容するということ。
   仏教的には、
     今という時間を充実させる、感謝の世界を持つ「おかげさま」
     長い短いにとらわれない、1日1日を過ごす。
     1日1日、今+今の積み重ねが寿命です。
     「足る」を知ると今に満足し充実してきます。
     そして、明日があってもよし、なくてもよし、おまかせします
                「南無阿弥陀仏」
     人間、丁度いい時にお迎えがきます。
     こういう思いに近づくと、死の恐怖が少しずつなくなります。
     こういった内容が現場の話を交えて、非常にわかりやすく
     お話いただきました。


私も5年前、がんセンターに2ヶ月入院した時、同感の思いでした。
私はまだ軽い方でしたが、本当にガリガリに痩せて、与えられた薬でさえ
飲めないような患者さんが、直接医師の口から、「この治療も結果がおもわしく
ないから、変えますよ。副作用もきつくなるけど・・・」
先生が病室から出た後のご本人の落ち込みようは悲惨です。
もう何年も治療をしている人は、家族にも頼らず一人で受け止める人が多いです。
これはきついです。布団かぶって泣いている人も見ました。
入退院繰り返している人は、退院が決まって「おめでとう」と言っても
「私は赤い糸でこことつながっているの。いつまた来るやら・・・」
喜びもうれしさもありません。


あの人たちに、心の安らぎをもってもらうには、信仰しかないと思います。
今日の先生も言ってみえましたが、病院に1人はこのようなカウンセリングを
できる人が絶対必要です。


死ぬ間際まで幸せな気持ちでいたいと誰もが願っています。
でも簡単には死ねません。誰もがまだまだ先と思っています。
その時、「こんなはずじゃなかった・・・」と動揺しないためにも、
今日のお話は本当によかったです。

「ユダヤ人大富豪の教え」2卷  大和書房

flowerbookhp0001.jpgフッと本屋さんに立ち寄って、フッと目につき、手に取った本です。
コミックです。私は大人になってから、どうもマンガが苦手でほとんど読みません。
でも、これが読むと結構中身が濃いんです。
早く読めます。
ポイントはしっかり印象に残ります。


内容はですね。ケンという若者がアメリカへ旅立ち、そこで色々試み
多くの人の出会いの中で、ある大富豪のユダヤ人に出会う。
彼から色々試されながら、人生を豊かに生きる17の秘訣を聞くという物語です。


その中で印象に残ったものを、リストアップします。
  �@やると決めたら戦略を立て、それを実行する。うまくいくか悩んで時間を
     つぶさず、やり遂げる情熱を持つ。
  �A幸せに成功したければ、自分らしい人生に意識を集中する。生きることに
     集中して、お金や成功を忘れることが大切。
  �B好きなことをしていると、どんどんパワーが湧いてくる。そして不思議に
     様々なチャンスや出会いがやってくる。大好きな事と巡り会う一番の
     方法は、今、その時にやっていることがなんであれ、それを愛すること。
  �C目の前の状況から逃げない姿勢が、ライフワークを引き寄せる。
  �D人とつき合う時、相手がどうしたら喜んでくれるかを考える、そして、相手に
     とってメリットになることを考えて行動する。すると彼らにとって、なくては
     ならない存在になる。人はそれぞれの立場で人を喜ばせた分だけ、報酬を
     受け取れるようになっている。
  �D傲慢になると周りから人が離れ始める。もし自分でできたとしても、できるだけ
     多くの人を巻き込んで助けてもらう。そして、その人たちが感動し喜んでもらう
     ことが、成功のスピードを速める。


こういったことが、物語のシチュエーションの中で、自然に話され自然に心に入った本でした。活字ぎらいな息子がテーブルにさりげなく置いておいたら、結構マジに読んでました。

遊び体験工房「人」

私の高校時代の親友夫妻が中心になって活動を展開しています。
ご夫婦には17歳になるダウン症の息子さんがいます。
ダウン症のお子さんとご家族で作られているエンゼル会を中心に
活動をすすめています。


元々このご夫婦は子供さんが小さい時から
自宅の離れを開放して学校帰りの子供たちが、みんなで宿題する場所、
遊ぶ場所を提供し、いっしょに何でもやっていました。
ご夫婦には5人のお子さんがいます。
それだけでも賑やかですが、この千種家には、いろんな人が集まってきます。
その内に、お母さん方が、先生が、そしてお父さんたちも・・・
毎月行うイベントにも、少なくても50〜60人の人が集まります。
菰野町竹成で「人がたくさん集まる千種さん家」といえば、有名です。


地域でこもりがちな親子を見かけると、ドンドン誘い出して
自然に仲間ととけ込める雰囲気作りを心がけてきました。
お二人の思いには、小さい時はもちろん、成人した障害者が
いつでも集まれる場所、できたら健常者・障害者というバリアをとった
集まりを展開したいということです。


今までの積み重ねが、昨年より具体的な形になって動き出しました。
それが 遊び体験工房「人」 です。
   みんなで作って、みんなで食べれば、2倍も3倍もおいしいです。
   みんなで動いて、みんなで汗をかけば、2倍も3倍も楽しいです。
農家で土地もふんだんにある。近くに田んぼも畑もある。
山へ行けば、竹などの材料もいっぱい。
こんな立地条件も功を奏してます。
春の苗植え、秋の刈り取り、すべて自分たちで体験します。
私はこちらに参加して2回目ですが、人が育っていく上で大切なものが
この会で体験できる、今自分に小さな子供がいたら、
絶対連れて行きたいと思いました。


興味のある方は、ホームページを開いて、ご覧になって下さい。
  遊び体験工房「人」


8月のイベントは、8月27日(土) 流木アート & 稲刈り体験  です。
   10:00 開会  流木アート
   11:30 流しそうめん・・・お父さんたち手作りの15mの流しそうめんです。
         窯焼きピザ・・・これもお父さんたちが作った窯を使います。
   13:00 稲刈り体験
   14:30 片づけ
   15:00 終了
参加ご希望の方は、下記連絡先までお電話下さい。
              連絡先:千種090−7313−0640

桑名院行事「この指と〜まれ!」

流しそうめん.JPG8月1日桑名別院にて、近隣の住職の青年部主催で子ども会行事が開催されました。初めに本堂でお参り、その後、缶積みゲーム、紙芝居、お昼は皆さんで作った特設の流しそうめんです。また、これがおいしいんです。いつも食べているそうめんと一味も二味も違うんです。この日も大変な暑さの中でしたが、本堂や境内で集う子供たちの笑顔は格別でした。

先日読んだばかりです。 

conv0001.JPG女優の長岡輝子さんのご兄姉は2男6女の8人
その内お二人が亡くなられてますが、
姉妹は、長女 妙子さん 100歳
      三女 輝子さん  95歳
      五女 春子さん  88歳
      六女 陽子さん  83歳
でお元気です。(長女の妙子さんは本の完成を待たず昨年亡くなられました)
その4姉妹のそれぞれの人生が綴られています。
  
 私が読んで感じたことは、お若くしてご主人を亡くされたり、戦中戦後海外からの引き揚げ、皆さんたいへんな体験もされ今に至ってますが、一応に皆さんの中に流れているものは(お二人のご兄弟も含めて)、育った環境、このご両親の生き方、しつけ…よく「三つ子の魂百まで」と言いますが、本当にこのお歳になっても根付いたものは消えないと云うことです。
 やはり親がちゃんとした価値観、ものさしを子供たちに根付かせれば、誰でもご苦労はありますが、そのとらえ方・乗り越え方は、それまでに培ったもので何とか克服できるし、豊かな思いが幸せ感に繋がるのだと思いました。又、親がいい種を蒔くことが、子供にもいい縁をたくさん作れる基だと思います。
 今も生き生きとしていらっしゃる、この高齢の皆さんのお話だからこそ実証済みという説得力もあり、私たちにも伝わって来るものがあります。
 こんなお年寄りになりたいな、こんな風に子供を育てたいな…幅広い年齢層で色々な思いを持って読んでいただける本です。